横取 -ハイエナ- 弐
「てめぇ、手ェ出さねぇと言っといてこれか……!」
供助は猫又の前に立ち、邪魔をしてきた商売敵へ怒りを表す。
「何をカッカ怒ってるんだ、少年?」
七篠は振り返り、顎を微かに上げて目深に被ったニット帽の下から目線を向けてくる。
その目にも、声にも、表情にも。罪悪感も、後ろめたさも、申し訳なさも、何も無い。
ごく自然体で、これが日常で当たり前だと。目的を果たせるなら過程など些細なものでしかない。そう言いたげに。
同業者は微笑を浮かべて紫煙を吐き出した。
「言ったろ? “俺の邪魔をしない限りは手を出さない”ってな。君等が俺の邪魔をした、だから手を出した。それだけだ」
「俺等がいつ、てめぇの邪魔ァしたってんだ!?」
「あのまま妖怪ちゃんの技が決まっていれば不巫怨口女は倒されていた。そうなると俺は報酬が貰えなくなる訳だ。それは俺の邪魔以外のなんでも無いだろう?」
「今の今まで黙り決め込んどいて、ふざっけんなよ……!」
供助は怒りと苛立ちを表に出し、眉間には深い皺を作る。
報酬が減るという人道から外れた理由で協力を拒まれ、不巫怨口女を倒すべく全てを賭けた攻撃を邪魔をされ、終いには相棒を傷付けられ。冷静でいられる筈がなかった。
頭だけになろうとも相手の首を噛み千切る勢いで、供助は鋭くギラついた眼光を七篠へと向ける。
「いやはやしかし、君達がいくらか不巫怨口女を弱らせてくれるまで待ってようと思ったが……まさか倒す寸前までいくとは思わなんだ」
「こっちが必死こいて戦ってる間、てめぇは物陰に隠れてずっとタイミングを図ってたってか……!」
「今回は二重依頼、つまり早い者勝ち。過程どうこうよりも結果が全てだ。少年はまだ学生か? 覚えておきな、過程を評価されるのは学校だけだ」
七篠は供助の視線を軽く受け流し、まだ半分はある煙草を投げ捨てる。
「ハッ、評価されるような結果じゃなくても生きていける社会もあるっての教えてくれてありがとよ」
「あっはっは! 憎まれ口を言える元気があるなら大丈夫だな。それでももう戦う力は残ってないだろう。そこで大人しく休んでな」
そう言い、七篠はベルトに掛けていた一本の縄に手を掛ける。
細い二本の縄を編んで一本に纏めた、神社の鳥居などに付けられている注連縄。
それを手に取って霊力を込めると、注連縄からは異様な雰囲気を漂わせ始めた。
「供助……あの注連縄、やはり……普通の物では……ないの」
「あぁ、神物に使われる物にしちゃあ、物騒な空気を発してやがる……!」
注連縄はよく神社の鳥居に用いられ、現世と神域を隔てる結界の役割とされている。他にも神社の周りや御神体を囲って神域としたり、厄や禍を祓う意味もあると言われている。
しかし、七篠が使うそれは違う。神聖さが微塵もなく、むしろあるのは邪悪さにも似た黒い感覚のみ。
霊気とも妖気とも違う、全く異質な存在と言える雰囲気。人も妖も関係無い。形を持つモノとして、己の存在を脅かすモノだと直感が訴えてくる。




