篝火 -サイゴノテ- 伍
「はっ! はぁ、はっ! ぜぇ、ぜぇ……!」
息が熱い。喉が渇く。腕が重い。
額に浮かぶ脂汗が血と一緒に流れ落ち、体の節々が軋むように痛む。
腕は酷使し過ぎたか、痙攣のように小さく震え、筋肉が張っているのが分かる。
そろそろ本当にヤベェな……そう心の中で呟きながらも、供助は呻き蠢く巨体の妖を睨む。
「ま、だ……まだぁぁぁぁぁ!」
気合の一声を叫び、項垂れかけていた体を起こす。
振り絞り、搾り出し、纏う霊力はまだ枯れない。これだけ長く戦い続けても枯渇しないその霊力は、上級の払い屋でも舌を巻いてしまう程の総量である。
それでも、もう。供助の体は限界を迎えていた。活動限度を超える霊力の使用負荷から、すでに全身が痛みと疲労で悲鳴を上げていた。
だが、そこへと――――。
「供助っ!」
待ちに待った希望の声が、背中に掛けられた。
「よう凌いだ、時間だのっ!」
声に反応し、背中越しに後方を見ると。供助は予想から外れたものが視界に映り、僅かに目を見開く。
妖気を溜め終えた猫又が篝火を放つ状態だと思っていたのに、そこには猫の姿になった猫又が、和歌の持つバットの上に乗っているという珍妙な光景だった。
しかし、猫又が時間だと言った以上、必要な時間は稼げたのだろう。供助は巻き添えを喰らわないようにと不巫怨口女から離れようとする。
……が、供助は不巫怨口女が新たな手足を伸ばそうとしているのに気付く。
「せっかく絞り出した霊力だ、とっとけ!」
不巫怨口女に引き摺られて大分距離が近く、このまま背中を向けて離れるのは危険だと判断して。
供助は手の平に霊力を集中させ、その両手を思いっ切り叩き合わせた。
「アァァイッッ!?」
ショートした電線の如く、一瞬だけ放たれる激しい光。
何も難しい事はしていない。両手を叩き、それで霊気が弾け光っただけ。要は猫だましである。
突然の発光に、目はなくとも視界は見えていたのか。不巫怨口女は上半身をうねらせて呻き悶える。
「ハッ、イタチの最後っ屁にしちゃ効果あったなっ!」
その隙に、供助は全力で後ろへと下がる。
「供助が下がり始めた! 思いっ切り頼むのっ!」
「はいっ!」
猫又が見付けた最善の策。それは猫の姿に戻り、人間化の維持や衣装の具現による妖力消費を抑えるというものだった。
元は猫である猫又は人間の姿になるだけで少量ながらも妖力を費やし、またいつも着ている和服も妖力によって作り出している。
猫に戻る事でこの二つに割いていた妖力を抑え、微々たるものだが妖力の回復と増幅に回せたのだった。




