第六十六話 篝火 -サイゴノテ- 壱
「おらよっと!」
すかさず、供助は引き千切った不巫怨口女の腕を投球ならぬ、投腕した。
野球のピッチャーみたく格好いいフォームなんかじゃない。力一杯、渾身込めて、ぶっきらに投げただけ。
それでも、元から力があって運動神経は悪くない供助。長さもある投げられた腕は槍の如く。
肉から顔を出す尖った骨が、不巫怨口女の腹へと突き刺さった。
「イイィィィッ、イイィィィイイッ、アアアイアイアイアイイアイアイアイアイイィィ!!」
苦悶。苦痛。苦辛。
不巫怨口女はおどろおどろしい叫びを上げ、餌に群がる蟻のように手足を蠢かす。
「最初は腕を折られても屁でも無ぇ様子だった奴が、今じゃあ嬉しい反応してくれるじゃねぇか」
対して、嘲笑。痛快。嬉々。
供助は敵の苦しみよう目にして、口端を上げて小さく笑う。
攻撃をいくら与えても鈍い反応しかしなかった不巫怨口女が、痛みに悶え苦しみ。千切れた腕の再生もしない。つまり、それだけ不巫怨口女が弱まり、追い詰められてきたという証拠である。
軽口を叩いている供助だが、長時間の戦闘による疲労で顔色はかなり悪くなってきていた。限界が近いのは敵だけじゃないのは知っている。
それでも今ここは、気張って、踏ん張って、強がらなければいけない場面なのだ。払い屋として、友人として、男として。
「供助……もう少し、もう少しだけ頼むの……!」
そして、その後ろ姿を見つめて、猫又は時間経過の遅さにもどかしさを覚えていた。
供助が時間を稼ぎ始めてから、まだ三分程しか経っていない。妖力も篝火を撃つのに必要な分の半分も溜められていない。
予想以上に妖力の溜まり具合が悪く、このままだと十分で篝火を撃てるようになるかも怪しい状態だった。
「くっ……奴の瘴気が影響しておるのか……!?」
不巫怨口女の黒く粘った怨念、酷く濁った瘴気。それらが結界を張られた学校敷地内に蔓延している。
人間が空気の悪い所で生活すれば不調を起こすのと同じように、抵抗力があるとは言え、猫又にも少なからず影響が出ていたのだ。
想定外の問題に、猫又は焦りを表わし始めていた。このままでは妖力が溜まらず、供助も危ない。そして、不巫怨口女を倒さなければ多くの生徒が死んでしまう。
「イインチョウっ!」
「は、はい! なんですかっ!?」
「何か食べ物は持っておらぬかっ!?」
「た、食べ物ですか……?」
「至極真面目な話だのっ! 腹に何かを入れれば活力が湧く、単純だが効果はある! 何か無いかのっ!?」
「ちょっと待って下さい、確かポーチの中に……」
和歌は何かを思い出し、ポケットからピンク色のポーチを取り出して中を漁り始める。
「あの、これ……飲みかけで半分しか入ってないですけど」
和歌がポーチから取り出したのは、時間を掛けずに栄養を摂取できるゼリー飲料。
中身が減っていてパックの膨らみが少ないが、それでも食料を求めていた猫又には何であれ胃に入れられる物があっただけで充分過ぎる。
「すまんが、それを私に飲ませてくれんかの! 今は一秒でも時間が惜しい!」
「わ、わかりましたっ!」
和歌はゼリー飲料のキャップを開け、飲み口を猫又の口へと入れてやる。
あとは手を使わずとも、吸い込めば中身が流れてくる。猫又は一気に吸い込み、三秒足らずでゼリーを飲み干した。
「ぷはっ! すまん、事が終わったら供助が買って返す!」
雀の涙だが、妖力の速度が上がった。というよりも妖力が少し回復した、の方が正しいか。
だがそれでも、あと五分弱で妖力が溜まるかと問われれば……首を横に振ってしまう。




