十分 -ジカンカセギ- 弐
名も無く、型も無い。自分が戦いやすい構えをして、手足をうねらせる妖へと睨みを利かせ。
供助は軍手を嵌めた両の手へと、振り絞った霊力を集中させる。
「イインチョウ、二人と一緒に私の後ろにおるんだの。幾らかは生気吸収への壁になる」
「猫又さん……大丈夫、ですよね? 皆きっと、助かりますよね……?」
「……わからん」
猫又はその場に膝を突いて屈み、深呼吸する。
心配そうに目を向けてくる和歌に何かしらの言葉を返そうとしても、何も思い浮かばなかった。それに思い浮かんだとして、それを言っても気休めにもならない。
そして猫又もまた、この状況で気を遣う余裕は無かった。今から自分がすべき事に集中する為に。
「しかし、ここに居る友人達を……学校に残る生徒を一人も死なせまいと、供助は今もなお戦おうとしておる」
チリ、チリ――――ヂチッ。
猫又の黒い髪の毛が小さく逆立ち、二本の尻尾もピンと伸びる。地面の一点だけを見つめて意識を集中させ、高ぶらせるは体内に残る僅かな妖気。
「だから、供助を……私達の事を信じて欲しい」
奥歯を強く噛み締め、開いた口から覗ける犬歯はぎちりと軋む。
「正直、倒せるかどうかも怪しい……が、痛み辛みを嘆くのは全てが終わったあとだのッ!」
猫又の体は静電気を纏い始め、バチバチと弾ける音が鳴る。妖力の回復を図ると同時に、残っている妖力を体内で増幅させる。
妖力が枯渇寸前の状態から無理矢理に力を高めて篝火を放つのは、かなりの負担が体に掛かる。言うなれば、長距離を全力疾走した後に、超重量のバーベルを持ち上げるようなもの。
だが、反動は筋肉痛のそれではない。限界を超えて妖力の開放と使用。恐らく数日は妖力を上手く使えず、人間の姿にすらなる事が出来なくなるだろう。
それでも猫又は体に鞭を打つ。供助は友を救おうと体を張っている。なら、それに付き合ってこその相棒であろう、と。
「アァァァァアアアァァァイィィィアァァ……!」
不規則、不揃いにうねらせていた無数の手足を止め、不巫怨口女は低く呻き声を上げた。
そして、耳まで裂けた大きな口を向ける先には、拳を構える一人の少年。
「生気を吸い取って動けるようになったってか? けどな、そいつはテメェにゃ過ぎたご馳走だ」
ふぅ、と。小さく吐き出す一息。
供助は霊力を高めつつ、思考は冷静に。されど心は烈火の如く。
友人を苦しませ、喰らおうとする妖を目の前にして……誰が怒りを感じずにいられようか。
「いつまでも我が物顔で喰らってんじゃあねぇぞ……ッ!」
供助は強く踏み出し、地面を蹴り出して疾駆する。突貫する先は当然、事の元凶である不巫怨口女の元へ。
自分では火力不足なのは理解している。止めを刺すのが難しいのも痛感している。けど、倒せるならばどうだっていい。誰だっていい。
自分は不巫怨口女を倒すのが目的であって、自分が不巫怨口女を倒したいのでない。倒せる手段があるのなら、それに頼って縋ればいい。
そして、結果を導く為に自身が出来る事はなんでもやると。供助は全力で、時間稼ぎの囮として拳を振るう。




