一八 ‐イチカバチカ‐ 肆
「ちょいとばかし俺に付き合えよ、蛇腹女……!」
全身に霊気を纏い、両手には特に集中させる。
不巫怨口女の妖力に比べれば圧倒的に少ない供助の霊力だが、それでも他の払い屋と比べれば多い方である。
技術や技量が無い分、その霊力の多さと爆発力で払い屋として働いてきた供助。
今回も例外ではない。自身の両手に力を込めて、ブン殴る。シンプルで解りやすい、型の無い戦い方。
「供助が身体を張ってるのだ。それに答えてやるのも出来る女というものだの」
猫又は大きく和服の袖を振り。
「ぐ、ぬうぅぅぅ……!」
強く噛み締め軋む歯。唇は開かれ覗き出る犬歯。猫耳はピンと立ち、髪の毛も小さく靡き浮く。
黄色い猫目をかっ開き、形相は威嚇する獣。猫又は篝火を撃つべく、右手に妖気を凝縮させ始める――。
「どらぁ!」
校舎裏に広がる、供助の一声。
不巫怨口女の新しい手足はまだ生え切っていない。ならば攻め時だと、猛進する猪の如く突貫する供助。
利き腕である右手から放たれる一発は、不巫怨口女の横っ腹に打ち込まれた。
「アアアァァッ、ハアアァァイイイィィ」
供助の打撃は強力である。それは間違い無い。しかし、効かず。効いた素振りは見せず。
その衝撃に不巫怨口女の上半身は大きく仰け反り、殴られた横っ腹はバスケットボールがすっぽり収まる位にへこんでいた。
「っとぉ!」
無傷で残っている不巫怨口女の腕が数本、供助を捉えようと伸びる。
それを供助は上半身の捻りだけで上手く躱し、アッパーでその腕をへし折った。
「何本折っても効果無し……俺が疲れるだけか」
まさに骨折り損のくたびれ儲け。
いくら殴ってもダメージが無く、いくら折っても再生する。キリがない。
「だったらもう一発、土手っ腹に――――」
襲ってきた腕を殴り折り、機能を失くしたと供助は不巫怨口女の本体へ視線をやる。
だが、これが油断となった。伸びたままの腕を放置し、確信もなく大丈夫だと思い込んだ供助の油断。
「アアアアアアアアアァァァァァァァイイイイイイイッイッッイ」
「がっ……!?」
側頭部に走る鈍痛。斜めになる視界。不巫怨口女は折られた腕をそのまま、鞭のように振り払った。
意識していなかった所に重い一撃。供助の身体は斜め、そして横に。
「こんの野郎……」
――――が、倒れず。
供助は片足を出して踏み止まり、ゆっくりと身体を真っ直ぐに戻して。
殴ってきた不巫怨口女の腕を、両手でがっしりと掴んだ。
「っ痛ぇじゃあねぇかよ」
腕の肉にめり込む、供助の指。
力を入れ、一気に。
「おぉぉらぁぁぁぁぁぁ!」
ギチ、ギチギチギチ――――ブヂッ。
嫌な音をさせ、不巫怨口女の腕が引き千切られた。
「ほらよ、返すぜっ!」
ぶっきらに投げられる、千切った腕。
高く投げられた腕は不巫怨口女の頭上に上がり、それを不巫怨口女が目で追った一瞬。
供助は不巫怨口女の懐へと入る。
トッ、トッ、トッ――――タンッ。
普段の怠惰に満ちた供助に似合わない、軽い身のこなし。
下半身である蛇体を駆け上がり、五メートルはある不巫怨口女の高低差を縮め。
「――――ア?」
不巫怨口女が気付いた時には、眼前に供助の姿があった。
利き腕を振りかぶる直前の、払い屋の姿が。
「ふっ!」
放たれた供助の打撃はジャストミート。
不巫怨口女に二度目の顔面直撃し、首から上が吹っ飛ぶ勢いで百八十度回転した。
人間ならば首が骨折して重体になるが、妖怪ではそうもいかない。ましてや、相手が規格外の化物なら尚更。
「ちっ、顔面をぶっ飛ばすつもりで殴ったってぇのに……」
漏らす舌打ち。全力の一撃でこうもダメージを与えられていないのは初めてで、敵の不死身さに辟易してしまう。
手足も駄目、腹も駄目、顔も駄目。なら、次は首の骨でも折ってやろうかと。供助は次の攻撃箇所を考える。
と、その時。
「――――供助っ!」
五メートルはある不巫怨口女と同じ高さにまで飛んでいた供助。
……の、さらに上。夜空を見上げると。
「そいつから離れるんだのっ!」
腕に炎を纏う、猫又が居た。
右手に渦巻く炎に、手の平で轟々と燃え盛る炎の塊。篝火を撃つ準備は出来た。あとはその腕を振り払い、標的を燃やすだけ。
不巫怨口女は先の攻撃で首が曲がり、猫又には気づいていない。篝火を喰らわせる絶好のチャンス。
しかし、供助は不巫怨口女への攻撃で宙に浮いていて身動きが取れない。空を自由に飛ぶ術を持っていない限り、今すぐ不巫怨口女から離れるのは不可能である。
「ようやくか……よっと!」
そこで供助が取った行動は、不巫怨口女を思い切り蹴り飛ばすというものだった。
地上と違って遮蔽物や地面との摩擦が無い分、蹴った衝撃はそのまま後ろへと発生する。
それを利用し、蹴りの反動で不巫怨口女から上手く離れるのに成功した。
そして、供助は叫ぶ。
ぶちかませ――――と。




