一八 ‐イチカバチカ‐ 弐
「アアァ、アァ、アァァァァァァ」
供助と猫又がしこたま攻撃し、不巫怨口女の手足の殆どが機能しなくなっている。
だと言うのに、折れたり切れた腕が頭をもがれた昆虫よろしく、悶えるように動くから気味が悪い。
しかも、その切断面から新しい手足が生えてくるなら尚更。
「幾ら攻撃しても暖簾に腕押し。殆んど意味が無い。どうするかの、供助?」
「今の俺等に出来る事ぁ限られてるし、する事も決まってる。このまま時間を稼ぐだけだ」
不巫怨口女は手足の損傷が激しく、まともに動けないからか新しい手足が生え揃うのを待って。
長い長い白髪を垂らし、上半身を揺らし、蛇体を蠢かし。夜空に浮かぶ蒼い月を眺めていた。
お陰で、供助も息を整えて体力も少し回復できた。まだ完全に背中の痛みが引いた訳ではないが、動くのに問題は無い。
元々打たれ強い供助。高い霊力と、それを活かす瞬発力と爆発力。それらと共に、この打たれ強さも供助も武器の一つである。
筋肉が柔軟なのか、骨が太いのか、鈍感なだけなのか。とにかく供助は、この程度で倒れるようなヤワな作りの身体ではなかった。
「っし、奴よりも先にこっちが回復できた」
「ふむ。手足が生え揃うまで動く気配が無い、となれば」
「奴の手足が生えきる前にもう一回仕掛かる……ッ!」
「それが賢明だの。全く、雑草みとうに生えおって……いい加減にして欲しいのぅ!」
一向に弱まる様子を見せない標的。幾ら攻撃しても再生する身体。相変わらず強大な妖力。
落ち込む気分、沈む気持ちを振り払い。二人は自ら攻撃を仕掛ける事で戦意を奮い立たせる。
言うなれば、終着点が解らないマラソンをしているようなもの。ただひたすら長い道を走り、変わらぬ風景を延々と見て、体力的にも精神的にも辛い戦闘。
いや、終着点は解っている。それは味方の増援が到着するまで。しかし、それまでが長い。果てしなく長い。あと一時間十五分。
「せっ!」
「ふんっ!」
供助の殴打と猫又の爪撃。右と左からの同時攻撃。新たに生えようとしている腕を次々と折り、供助の軍手は返り血で赤く染まっていく。
猫又も負けじと一閃。研ぎ澄ました妖気を爪に通しての斬撃。風を裂いて身を刻むそれは、不巫怨口女の手足を一気に数十本もの数を削ぎ落とす。
「アアァァァァァァアアアァイイィイィィィィィィ、アアァァァイイィィィィアアァアアァァ……」
痛がってるとも快感を得てるとも、笑っているとも泣いているとも。怒っているとも喜んでいるとも、楽しんでいるとも。
全てが違っていそうで、全てが当て嵌りそうな反応。唯一解っている事を挙げるとすれば。
「アアアアアアァァァァッハァァァァァァ……」
不巫怨口女は全くと言っていい程、二人の攻撃がダメージに繋がっていなかったという事だけ。
空を見上げるのをやめ、頭を九十度に曲げ、大きな口から大きな息を大きく吐き出して。供助と猫又を、見下ろした。
「なんっ!?」
「ぬぅ!?」
と、突然。下半身の蛇体を回転させ、その周囲に衝撃を生み出す。
ビニールハウスとほぼ同等の大きさである下半身での薙ぎ払い。その巨体が振り回されれば砂煙が舞い、石は散弾銃の如く撒かれ飛ぶ。
「あんにゃろう、手足が生え揃わなくても動けんじゃねぇか……!」
「くっ……あの巨躯を振り回されたら堪ったものじゃないの!」
咄嗟に後ろへと下がり、二人は不巫怨口女の攻撃による被害は免れた。
砂埃によって狭くなる視界。巨体で不巫怨口女を見失う事は無いが、その下半分は砂埃で隠れている。
不巫怨口女の手足は伸縮自在。死角からの攻撃も考えられる。よって、供助と猫又は一旦不巫怨口女から離れ、大きく距離を置いた。




