怪戦 ‐カイセン‐ 参
「アアァァァァァァァ」
ごぎ、くっち、こり、ごりん。
次々と口に放り込み、咀嚼し、飲み込む。我が身を喰らい、人の身を反芻する。
この手足、血肉は渡り巫女を騙した村人のもの。過去に喰い襲った怨みの対象。だから、喰らう。何度も何度も喰らい、幾度も幾度も噛み締める。
その血肉を我が身にして離さない。救わせない。報わせない。成仏など、させない。
「増援が来るまでこんなのを相手にしなきゃあならねぇたぁ……骨が折れるな」
「骨を折るどころか切ってやったと言うのに、ピンピンしておるから厄介この上ないの」
骨折り損の……ではなく、骨切り損のくたびれ儲け。
切断された筈の腕は再生し、元通り。いや、それどころかむしろ増えた。一本が二本に。二本が四本に。
童謡に出てくるビスケットも顔負けの勢いで増殖した。
「アアァァァァハァァァァァア」
「今度は地面に溜まったテメェの血を飲み始めやがった」
ぴちゃ、ぴちゃり、ぴちゃん。
長い舌を出して、血溜まりを舐め、啜り、喉を潤す。
「供助、動きが止まっておる今だの!」
「おう、もう一発くれてやる……!」
猫又の掛け声に、供助も同時に走り出す。
回復するならば、回復しなくなるまで攻撃するだけ。一分でも二分でも出来る限り時間を稼ぎ、自分達に意識を向けさせる。
校舎内で気絶する多くの生徒を助ける為には、自らが戦わなくてはならない。
「おう、らっ!」
「ぬぅん!」
打撃と爪撃の同時攻撃。狙いは同じ。不巫怨口女の胴体。
しかし、不巫怨口女は気付かず、気にせず。血を啜り飲むまま動かない。
肉が切り裂かれる音と、肉が抉られる音。二つの生々しく痛々しい音がした。
猫又の爪によって、ぱっくりと裂かれた不巫怨口女の横腹。そして、手首まで腹部に深くめり込む、供助の右手。
普通の妖怪であれば確実に致命傷。体から白い煙を吹き出し、消えていく。だが、そんな様子は全く見せやしない。
「アアァァァァァ……ア?」
動じず、臆さず、退かず。
不巫怨口女はゆっくりと上体を起こしていく。
「くそっ、今度は痛がりもしねぇか……って、手が抜けねぇ!?」
不巫怨口女の全長は三メートル。
腹部に手が嵌ったままの供助は、起こされていく上半身と一緒に体ごと持ち上げられていく。
「供助っ! 早う離れんと掴まれてしまうのっ!」
「わあってる! けど、全然抜けやしねぇ……っ!」
まるで、腹の中で手を掴まれている感覚。がっしりと手首を握られ、手放すまいと力強く引かれる右手。
ついに供助の両足が浮く。不巫怨口女の腹からぶら下がって宙ぶらりん。
しかも、片腕は抜けず塞がったままの隙だらけ。今攻撃されれば防ぐ術すべは……無い。
「アアアァァァァアァァイィィ」
「供助ぇっ!」
不巫怨口女が供助に狙いを付け、血だらけの口を歪ませる。
危険なのは見て分かる。猫又は走り、供助を助けようと爪に妖力を込める……が。
「くっ……!」
先程、猫又が切り落とした腕。そこから新たに生えた腕が伸張し、猫又を妨げた。
細腕の見た目で力は強い。掴まれれば厄介であるのは、一度供助が掴まったのを見て知っている。
猫又は一歩後退し、再度供助へ視線をやると、もう目の前まで不巫怨口女の口が迫っていた。
「俺を喰ったって美味かねぇぞ、メンヘラ妖怪……ッ!」
供助は左手を右腕に添えて、大きく呼吸し。
腹の底に力を溜め、霊力を右手へと集中させる。
「こん、のぉ!」
そして、一気に。集中し溜めた霊力を放出した。電気が走ったような高く弾ける音。
いや、不巫怨口女からすればそのまま、読んで字の如く。身体に電流が走った。
「アァイイッ!?」
外部ではなく内部からの攻撃、痛み。不巫怨口女は叫び、上半身を痛みでうねらせ悶え苦しむ。
供助の右手は腹から抜けて、地面に落ちて膝を付いた。
「ハッ、食中毒よかタチ悪ぃだろ?」
悶える不巫怨口女を見て、供助は鼻で笑う。
俺を喰ったらそれだけじゃあ済まねぇぞ、と。
「大丈夫かのっ!?」
「あぁ、ヒヤッとしたが何て事ぁねぇ」
腹部の穴は早くも塞ぎかかっている。驚くべきその再生力。切っても、殴っても、抉っても。すぐに回復し元通り。
いくら傷を与えても手応えが見えず、供助と猫又は早くも焦燥を感じ出していた。
相互の激しい攻防。だが、時間はものの五分足らずの出来事。払い屋と不巫怨口女の戦いは、まだ始まったばかり。
増援の到着まで――――あと、一時間半。




