怪戦 ‐カイセン‐ 弐
「アアアアアアアアアアアァァァァアアッ!」
不巫怨口女の叫びを皮切りに、戦闘が始まる。
左右に分かれた対象物。最初に狙われるは……猫又だった。
「ぬっ、私を狙ってきたか……!」
灯火で髪を焼かれて怒るような女心でもあったのかと、構えつつ冗談混じりに思う猫又。
しかし、不巫怨口女には女心も乙女心も、もはやありはしない。あるのはただ一つ。騙し、妖怪の生贄とした人間への怨念のみ。
何十何百と年月を重ねようとも、渦巻く怨叉は薄れない。
「アアアァァァァァァァッッ!」
地面に叩き付けた腕を引き上げ、猫又を掴まんと巨腕に似合わず素早く動く。
数十集まる奴の腕は、例えるなら大木の丸太。それはもう、肉塊の突進であった。
「ぬおっ!?」
放物線を描き、頭上から落ちくる無数に絡まる腕塊。掴むなど生易しく、その勢いは押し潰す速さ。
高速で伸びる腕の集合体は、猫又の元へ降り襲った。
――――ズドドドッ!
地を抉えぐり、石を割り、腕が地面にめり込む。多大な質量が降り落ち、地面との衝突で起きる小さな地震。
不巫怨口女が自身の手元を見るも、猫又の姿は見えず。姿だけじゃなく、肉の感触も無い。
「力差は明白ではあるが……そう簡単にやられるつもりはない」
纏まり太くなった腕の影。猫又は紙一重で避け、伸ばした爪へとさらに妖力を込める。
そして、両手を振りかぶり――――月夜に光る爪が、複数の線を書く。
「やられてしまっては寿司が食えんからのっ!」
言って、猫又は小さく飛んで後ろに下がる。
一、二、三秒経って。
「アァァァァァァァアアアアァァァイイィ!」
時間差。一気に血が吹き出す巨腕。
かまぼこでも切るかのように、不巫怨口女の腕はバラ切りにされた。
「っとぉ、オマケだ貰っとけ!」
「アァ"イ"ッ!?」
不巫怨口女の蛇体、尻尾の部分から。供助は走って上り、一気に飛んで……顔面へ、渾身の一発。
不巫怨口女は大きくよろけ、態勢を崩す。も、倒れるまではいかない。
何十本も生えている手足で踏み止まり、上半身だけが仰け反っただけだった。
「……っち、結構マジでブチ込んだんだけどな」
着地し、供助は顔に難色を見せる。手加減も遠慮も一切していない。出来る限りの力を込め、力一杯殴った。
なのに、上半身を揺らしただけで下半身は微動だにしない。
霊力と妖力の総量差。その表れでもある。焼け石に一滴の水を垂らしても、少しの蒸気が出るだけなのと同じ。
不巫怨口女を相手にするという難解さを改めて感じ、舌打ちしてしまう。
「身体もそんな固くはねぇ。こうやって傷は負わせる事ぁ出来る。が……」
「あの再生力が厄介だの」
供助と猫又が視線を向けるのは二点。爪撃によって切断された複数の腕と、供助が殴った頬。
しかし、みるみる内にヘコんで変形した頬が回復していく。腕にいたっては切断面から新たな腕が生え始めている。
ぐじゅる、と音を立て。一本の腕から伸び出る複数の腕。昆虫の腸から寄生虫が蠢き出るように。
「アアァァァァァハアアァァァ……」
痛がっていた様子は既に消え、上半身を地べたに這わせ、肉塊と化した腕を確かめてから。
不巫怨口女は切り落とされた自らの腕を拾って、口に運んだ。




