心頼 ‐シンライ‐ 肆
「呼ばれて飛び出てなんとやらだのっ!」
そして、同時に。月浮かぶ夜空には、落ち来る猫又の姿。
「放りゃ!」
その右掌には火の玉。ボウリング球ほどの火球。本日二度目の灯火。
だが、今回のは一度目のよりも一回り大きい。それを不巫怨口女へと投げ付けた。
「アアァァ……イィイッ!?」
死角からの攻撃に気付くも、反応出来る筈もなく。
灯火は不巫怨口女の顔面に直撃し、悲鳴をあげて頭部を大きく揺らす。
「よっ、と」
髪が燃えて視界を失い、予想外の攻撃と痛みで混乱し、供助を見失って悶絶する。
それを供助は軽く避けて、走っていた勢いのままフェンスに激突する不巫怨口女。
車が衝突したような轟音をあげて、あの巨体はようやく止まった。
「タイミングも狙いもドンピシャだ、猫又」
「だから言ったろう、私は出来る女だと」
供助は今の内に不巫怨口女の後ろに回って距離を取り、そこに猫又が着地した。着いた先は校舎裏。地面は砂利で舗装もされておらず、さらに裏には雑木林。
文化祭では臨時駐車場として使う予定の場所。広さは申し分無い。ここならば不巫怨口女の巨体が暴れても大丈夫だ。
「一発目の時は大して効いておらんかったが、今の灯火は多少効き目があった様子であった……全くダメージを与えられない、という訳ではなさそうだの」
「ってぇ事ぁ、チマチマやりゃあ倒せる可能性もある……か」
「望みは薄いがの」
「お前ぇの胸よりも薄そうだ」
「供助の財布に比べれば厚いと思うがの」
せっかく見えた望みも薄っぺらで。供助は皮肉り、その皮肉に猫又も皮肉で返す。
二人は互いに小さく笑みを浮かべているが、鋭い視線は不巫怨口女から離さず。
灯火の炎は既に消え、今は黒い煙が宙に登っているだけ。猫又の灯火は攻撃用では無いが、先程撃ったのは本来のよりも大きく、眼暗ましと牽制の他に攻撃も含まれていた。
だが、多少のダメージを与えたにも関わらず、数十秒で早くも炎は消えて回復しかけている。
これが妖力差。これがレベル差。これが、力の差。嫌でも討伐する難しさが解ってしまう。
「……猫又。報酬は三百万って横田さんが言ってたよな?」
「ぬ? うむ、確かそう言っていた筈だの」
「基本、必要経費を差っ引いて、そっから複数人で依頼を成功させた場合は報酬額を人数で割る。依頼に貢献した度合いである程度の差額は出るがな」
「供助? この状況で一体何を言っておる?」
「外で結界を張っている払い屋も居るからな。最終的に俺等にいくら入るかは解らねぇ。けど、元の報酬額がでかい。それなりの金額が入ってくる筈だ」
「ふむ、まぁそうだろうの。だが、それがどうかしたのかの?」
「この依頼を無事に成功させたら、前に約束した寿司……食わせてやる」
「ほ、本当かの!? 回る寿司屋で一皿一貫のを食べても構わんかの!?」
「あぁ。回転寿司でも回らねぇ時価の寿司屋でも、どこでも連れてってやる」
「じ、時価の寿司とはまた奮発するではないかっ! じゃあ思い切って大トロ、ウニ、あっサワラとかも……」
一点だけを見つめ、倒すべき敵から目を離さず。ここで自分が奴を倒せなければ、味方が到着するまで保たなかったら。
全員、死んでしまう。全員、喰われてしまう。生徒も、クラスメートも、祥太郎も太一も和歌も、皆。
供助の両親のように、喰い殺されていしまう。残される者の悲しみも知っている。失う哀しみも知っている。
「だから、頼む」
それは、あってはならない。あれは、知ってはならない。
供助は静かに、心からの言葉を繋げた。
「――――力を、貸してくれ」
供助の言葉に、猫又は一瞬だけ目を見開いて。
「……ふん」
口元を緩ませ、小さく一息吐いた。
意外な言葉を言われた驚きよりも、頼ってくれた嬉しさの方が大きく。
「私は供助の相棒だの? 言われずとも、手を貸すのは当然であろう―――!」
不巫怨口女が振り返る。顔には焦げ目が残り、髪からは今だ上がっている黒い煙。
目も鼻も無く、口しか無い、のっぺらぼうな顔。しかし、明らかに怒っているのが解る。
大きな口を開き、歯を軋む程に噛み締め、存在しない目で睨み付けていた。
「勿論、寿司はちゃんと食わせてもらうがの!」
「おう、たらふく食わせてやる」
構え、力を纏い。対峙する二人。
払い屋と不巫怨口女との戦いが今、怪戦する。




