心頼 ‐シンライ‐ 弐
供助の霊感も猫又の嗅覚も機能しない。ならば、肉眼での確認しか方法が無い。
もしかしたら、あれから数分しか経っていないが、七篠がすでに見付けているという事もあり得る。が、もしそうであったら何かしらのアクションがある筈。
今も校舎に静寂が守られているのを見れば、七篠もまだ不巫怨口女と遭遇していないと考えていいだろう。
「太一達を逃がす時に一階まで追って来た筈だったが……別の階に行きやがったか?」
「解らん。この学び舎はかなり大きい。一つの階を探しきるのも一苦労だの」
「どこに行ったか解らねぇって事は、また一から探し直しか。ったく面倒……ッ!」
「むっ……!?」
「猫又」
「うむ、あちらの方から何か物音が聞こえたの」
微かな音源が耳に入り、二人は機敏に反応する。
資料室や視聴覚室などの特別教室が並ぶ廊下。その奥。そこから確かに、何らかの音が聞こえてきた。
ここの廊下は電気が点いておらず、教室も同様に真っ暗。別棟や別階の教室や廊下の光で、僅かに照らされているだけ。
供助と猫又は静かに、そして出来るだけ素早く。戦闘態勢を作って、何が起きても対処出来るよう。廊下の奥へと息を殺しながら進む。
……っち、……ゅ、……き、ごり……。
非常口があるのを表す看板。緑色の光り、電光。
緑の明かりに照らされ、だがその大きさに半分も光は当たらなく。半端に照らされる姿は余計に不気味さが増し、奇怪さを際立たせている。
探していた事件の元凶、不巫怨口女に。二人は祓い屋よりも先に再会する事に成功した。
「アアアァァァァァァアァ、ア、アア、アアアァァァァイイィィィィィイ……」
めぎっ、ごきん。みちっ、くちっ、くちゃ。
薄暗い廊下。不巫怨口女は背中を向け、長い髪を垂れ揺らし、蛇体から生える無数の手足を蠢かせ。
何かを、喰っていた。喰らっていた。骨を噛み砕く音、肉を食い千切る音、液体を啜り飲む音。
にち、にち……ず、ず、ぎ、にち。
供助と猫又は目を凝らし、不巫怨口女が口にしている食料を確かめる。
角度を変え、確認できる位置に移動しようと。息を潜め、足音を立てぬよう。
どうか、喰われているのが――――人ではないよう、祈って。
「ァァァアアァ……アァ?」
足音は出ていなかった。声など以ての外。言うまでもなく互いの霊気と妖気は消して隠していた。
じゃあ何で気付いたか。理由など二人に解る訳もなく。きっと、多分、恐らく。不巫怨口女が気付いたのは、気配を感じたから。
だから、不巫怨口女は振り返った。二人の方へと振り向いた。
「ゲテモノ食い、ってヤツか?」
「ある意味、自給自足とも言えるのぅ」
不巫怨口女が喰っていたのは、自分の腕。供助に殴り折られた数本の腕を、自ら引き千切り、噛み千切り、喰ろうていた。
口周りは真っ赤。口周りだけじゃない。顎も、喉も、鎖骨も胸も腹までも。自身の腕を喰らい、垂れ流れ、滴り落ちる血。肉と血の生臭さが酷く鼻を突く。
軽口を言っている二人であったが、内心では安堵していた。まさか、すでに生徒が喰われ犠牲者が出てしまったのではないかと思っていたから。
しかし、その不安は杞憂で終わり、二人はホッと息を吐いた。とは言え、今目の前にある光景は極めて異常なもので、普通ならば目を瞑るか逸らすかするだろう。
もし今が食事中だったなら、一瞬だけ弁当を食べる箸を止めていた。あくまで一瞬だけだが。
このような光景は払い屋をしていれば珍しく無く、ある程度の耐性があるからこの程度で済んでいるだけである。
ここに一般人の太一や和歌が一緒に居たなら、悲鳴を上げていたに違いない。




