二重 ‐ハヤイモノガチ‐ 弐
「何しに来やがった?」
「んん? 何しにも何も、この学校に妖怪が現れて、俺の職業は祓い屋。教えなくても分かるだろ」
「ってぇ事は、標的はやっぱ……」
「不巫怨口女。こんなデカイ仕事、見過ごすのは勿体無い」
「ちっ、二重依頼か……!」
二重依頼。一つの払い屋だけでなく、他の所にも同じ依頼を頼む場合がある。
基本、そんな事をすれば互いに足を引っ張り合って仕事に支障が起きたり、依頼者側が信用を失って今後依頼が受けてもらい難くなる。
そのようにデメリットも多く滅多に二重依頼がされる事は無いのだが、今回はその滅多に無い事が起きた。
今回の依頼は不巫怨口女を倒し、祓うのに成功した場合に報酬が貰える。前金、依頼遂行の手間賃、経費等々、一切出ない。つまり、そういう事だ。
この条件なら、依頼者側は二重三重に他社へ依頼をしても払う金額は変わらない。
「依頼者の野郎、裏でコソコソとムカつく事しやがる……しかも、よりによって祓い屋たぁな」
「ま、俺にとっちゃあ二重依頼だろうが何だろうが、仕事を貰えて金が稼げればどうでもいいがな」
二重依頼がされていたという事はすなわち、供助達を信用していなかったという事。
最初の移送管理で不巫怨口女の封印術式の偽った情報を与え、不巫怨口女が封印から解かれれば倒せと無理難題を言い、終いには二重契約。腹が立つのは当然だ。
「供助、今は無駄話をしている暇など無い。奴など放って早う不巫怨口女を探しに……」
「……」
「供助?」
言って、猫又が踵を返そうとする。が、供助から返事は無い。猫又が横目で見ると、何か考え込むように視線を下げていた。
そして、小さく鼻から空気を吸い。供助は再び七篠を見やる。
「……あんたも依頼を受けたってんなら、今この状況がどういうのか知ってんだよな?」
「当然。依頼を受けた時に電話で話は聞いていたが、こうして見ると酷いもんだ」
「敵はかなり強ぇ上に、早く倒さねぇと学校に居る生徒が手遅れになる」
近くに倒れている女性を一瞥し、七篠は煙草を吹かす。
だが、自分の事でなければ他人事だと。道端で倒れている犬猫を眺めるのと同じく、小さな同情はあっても深い関心は無く。
「どうだ? ――――今回に限り、手を組むってのは」
「……なるほど、共同戦をしようってのか」
供助は真っ直ぐと七篠を見て、自身が出した最良であろう案を持ち出した。
七篠は咥えていた煙草を指で挟んで離し、口端を上げる。
「なっ……何を言い出すんだの、供助っ!?」
「緊急事態だ。縋れるモンには縋るしかねぇ」
「奴は祓い屋、商売敵であろう!? それに頼むなど……」
「猫又。俺の安いプライドで皆が助かる確率が上がるなら、半額弁当より買い得だ」
「供助……」
供助が出した提案に、猫又は勢い良く首を曲げて大声を出す。
勿論、猫又は反対だったからだ。得体も正体もよく解らない、商売敵である祓い屋。嫌がり反対するのは自然の流れである。
だが、しかし。短い会話でその意思は猫又から消えた。
供助の言葉に、覚悟に、想いに。何より優しさに。これを無下にするなど、猫又には出来なかった。
「確かに、今回の妖怪は一筋縄じゃあいかない厄介な奴だ。君等と組めば一人で対処するよりも効率的だろうな」
「……答えは?」
左手で顎を摩り、薄らと笑みを浮かばせて話す七篠。供助はじっと見やり、祓い屋の意思を求める。
そして、返答は。
「断る」
拒否。
一言、二文字。短い答え。




