忌避 ‐キヒ‐ 肆
「供助、早はようするんだの!」
「はぁはぁ、わあってるっての……!」
まだ息が整わず苦しく、少し視界がボヤけているが体に鞭を打って走り出す供助。
今の状態、状況では不巫怨口女を相手に時間稼ぎすら叶わない。一度撤退し、態勢を整える必要がある。
「悪い、助かった」
「私のコントロールの良さは野茂もビックリする程だからの」
フフンと鼻を鳴らす猫又。
首元を手で押さえ、供助はまだ息苦しそうにしながら礼を言う。
「供助、こっちだ!」
供助と猫又が階段を駆け下り、一階の廊下に出た所で声を掛けらる。明かりの点いていない教室のドアから、太一が手招いていた。
後ろからは不巫怨口女の悍しい妖気が迫ってきている。外に出るまで追いつかれずに逃げれるか――――それは否だ。
供助と猫又は飛び込むように太一が居る教室の中へと入った。
「お前等、外に逃げたんじゃねぇのかよ……!」
「供助を置いて逃げれるかよ」
太一は供助達が教室に入ると同時にドアを閉め、鍵を掛ける。
――――アアアァァァァァアアァァ。
どこからか聞こえてくる不巫怨口女の声。
距離は遠くなく、近くもなく。自分を傷つけた人間を探して校内を回っているのだろう。
「やはり、灯火程度の技では一瞬の目暗まし程度にしか効果は無いか。厄介だのぅ」
予想通りではあっても、その効果の薄さに猫又は嘆息する。
元々灯火は攻撃用の技ではないにしろ、顔面に直撃させたのにほんの数秒しか足止め出来なかった。
高火力を出せる篝火を放とうともしたが、近くに供助が居て巻き込む心配があったのと、効かなかった場合を考えて灯火の使用になった。
篝火は高火力であるが為に妖力の消費が激しい。その為、無駄になってしまう結果は避けたい。
万全の状態で二発がやっと。言ってしまえば、灯火を打った今、篝火はあと一発。故に妖力の使い方、使い所が重要なのである。
「しかし、少しばかり埃っぽい部屋だの、ここは」
「ここは文化祭でも使わない、倉庫として使われている教室だからあんま掃除されてないんすよ」
猫又は鼻の頭を軽く手で擦りながら教室内を見回すと、机や椅子は壁際に置かれ、他にはダンボールや様々な教材が目に入った。
太一は猫又に答えながら、身を低くして物陰に隠れる。
「はぁ、はぁ……」
「古々乃木君、大丈夫?」
「あぁ、息を切らしてるだけだ。その内回復する」
太一と同じく、不巫怨口女に見つからぬよう物陰に隠れる供助と和歌。
供助は大丈夫だと小さく笑って見せるも、その首周りには痛々しい手の跡が残っていた。
「……ごめんなさい、供助君に言われた通り、私が早く逃げてれば……」
「謝んな。こうして全員無事なんだからよ」
「無事じゃないよ、古々乃木君が危ない目に……!」
「この位いつもの事だ。慣れてる」
「慣れてる、って……」
顔色一つ変えず、ごく当たり前の反応。
悍しい化物が現れても、危ない目にあっても。特に変わらない事だと、日常茶飯事だと。
供助は朝の挨拶を返すが如く、普通に答えた。
「あ、古々乃木君、手に怪我……」
「壁に叩きつけられた時にどっか擦ったか。まぁ大した怪我じゃねぇよ」
「ちょっと待って」
和歌はスカートのポケットからピンク色のポーチを取り出した。
ファスナーを開けて中から出てきたのは、絆創膏。しかも、可愛らしい花柄の。




