忌避 ‐キヒ‐ 参
「猫又ァ!」
「解っておるのっ!」
供助が呼ぶよりも速く。猫又は駛走し、和歌の肩を掴む。
「立つんだの! 早くこの場から離れねばならん!」
「は、はい」
猫又は手を取って立ち上がらせるも、和歌は足に上手く力が入らない様子。
不巫怨口女による瘴気や生気吸収の影響ではなく、さっきまで腰が抜けていたのが原因だろう。
「ま、待って! まだきょう……古々乃木君がっ!」
「俺より自分の事だけ考えろ! さっさと行け!」
「で、でも……」
霊力を持たない一般人でも、目前にいる不巫怨口女は異常であると解る。
故に、まだ不巫怨口女と対峙する供助を心配する。
「アアアァァァァァァアイィィァ!」
「ちぃ!」
気味悪い声を出し、無数の腕を伸ばし掲げる不巫怨口女。
それを、勢い良く振り払った。
「がっ……!」
腕で防御して受けるも、衝撃を捌ききれずに弾き飛ばされる供助の体。
激しく壁に叩きつけられ、供助は痛みに顔を歪める。
「アアアァァァァア?」
「ぐ、ぐぁ……」
背中を強打して動きが止まった供助の首へ伸びる、不巫怨口女の青白い腕。
細い無数の腕が、強く喉を締め付けていく。
「こ、古々乃木君っ!」
「供助っ!」
「い……から、早、行けっ!」
和歌と太一が叫ぶも、供助はこの場から離れる事を優先させる。
喉の気道を握り締められ、呼吸がままならない供助は苦悶の表情ながらも声を捻り出す。
「二人共、こっちだの!」
「でも供助が……」
「二人を逃がそうと供助が身体を張っておるのだ! それにお前達が居ては邪魔になる!」
「……っ!」
太一は悔しそうに歯を噛み締める。
不巫怨口女に襲われている供助を一瞥し、何も出来ない自分を恨みながら不巫怨口女に背を向けて走り出した。
「っは、か……!」
不巫怨口女の腕を振り払おうと抵抗するも、呼吸が出来ず力が入らない。
腕の数も多く、一本や二本ではなく十数本の腕が供助を掴み、締め上げる。
何より、細腕だというのに力が強い。指は肉にめり込み、壁に押し付けられ潰れてしまいそう。
酸素供給がままならならず、段々と薄れていく意識。
「こん、の……!」
気を失いそうになるのを気合で止め、供助は右手に霊気を集める。
呼吸が出来なく集中しづらい状況で、低級妖怪なら逃げ出す程の力を絞り出した。
が、しかし。
「アアアァァァイ」
「っち、く、そ……」
不巫怨口女は霊力に反応して、供助が攻撃するより一歩早く霊力を込めた右手を押さえ付けられてしまう。
右腕の自由すら奪われて攻撃手段を失くした供助は、いよいよ意識を保つのが難しくなる。
「アァアァア……アギィッ!」
途切れそうになる意識の中、突如聞こえたのは不巫怨口女の短い悲鳴。
そして、首を締める力が緩むと同時、供助の視界には火の粉を被る不巫怨口女の姿が映った。
「出来る女は気も利く女……ってのぅ!」
人差し指の先に出された、野球ボール大の火球。猫又の持ち技である、灯火。
それを不巫怨口女の頭部へと投げつけ怯ませたのだ。
「いい、加減……手ェ離せってんだ!」
可能になった呼吸。脳に巡る酸素。取り戻す意識。渾身の一撃が、首を掴む無数の腕へと向かい飛ぶ。
バキボキと鳴る音。折れる音。骨が完全にイった音。例えるならば、何本も束ねた割り箸を一気にへし折る……そんなイメージ。
「アアアアアァァァァァァァァァッッ!」
初撃の腕一本と違い、今の攻撃では十本近くの腕が折れた。
さすがに痛みを感じたらしく、不巫怨口女は歯軋りしながら悶絶する。
「っは、かはっ! 危、ねぇ、意識飛びかけた」
激しく呼吸をして、供助は床に膝をつく。




