姿現 ‐カイテキ‐ 参
「言われりゃ確かに、電波が入ってねぇな」
太一に言われ、供助は自分の携帯電話を見ると、アンテナにバツマークが付いていた。
横田から連絡が来るかもと電源を入れておいたが、これじゃあ連絡があったとしても繋がりやしない。
「恐らく、不巫怨口女の瘴気が原因だろうの」
「瘴気で携帯の電波に影響出るってのか?」
「それだけ強力……という事だの」
後ろから供助の携帯電話の画面の覗き、猫又が答える。
「供助、ショウキ……ってなんだ? それが原因で電波が悪くなってるのか?」
「あー、なんつうか……携帯が繋がんねぇって事は、まだ救急車は呼んでねぇんだな?」
「え? ああ、電話しようがないからな。だから職員室の電話を使おうかと思って」
「で、使えたのか?」
「それはまだ解らない」
「あん? 電話を使う為に職員室に来たんだろ?」
「そうだけど、俺は廊下で倒れていた先生の様子を見ながら、携帯が繋がんねぇか試してたんだよ」
「んで、結果は繋がらず、か。とりあえず移動だ、ここから出るぞ」
供助は太一を学校から出るように促す。
不巫怨口女は学校の敷地内のどこかにいる。つまり、安全な場所は学校には無い。
それに学校中に蔓延する不巫怨口女の瘴気。今は異状が無くても、長く滞在していたら太一にも影響が出てくるかもしれない。
「移動するってどこにだよ? 今は一分でも早く救急車を……」
「呼ぶったって携帯は使いモンになんねぇんだろ。いつお前も倒れるか解んねぇんだ、早くしろ」
「待てって供助!」
「なんだよ?」
供助はさっさと校舎から出て行くように言って肩を掴んで引っ張るも、太一はそれに抵抗して手を離させる。
「言っただろ、職員室の電話を使いに来たって」
「電話なら外に出てからでも……」
「だから今、職員室でいい――――」
ぞ、ぞぞ――――ぞぞぞぞ。
不安の風。不快の空気。一気に濃さが増す、禍々しい瘴気。
あまりの瘴気の濃さ、妖気の強大さによって、まるで陽炎のようにその空間はぐにゃりと歪む。
「ッ!? 供助ッ!」
「あぁ、わあってる! 最悪のタイミングで来やがったッ!」
供助と猫又は同時に同じ方へと目を向け、廊下のさらに奥。別棟へ繋がる廊下の曲がり角。
頭は危険信号を鳴らし、身体は警戒態勢。そして、臨戦態勢に入る。
「な、なんだよ供助……どうしたんだよ?」
妖気を感じる事が出来なくても、危険な存在が近寄っているのに本能が察したのか。
太一は理由が解らずも酷い不安と恐怖に襲われていた。
オオ――――アアアァァァァアァァァァァァアアアァァァァァァァアァ。
おどろおどろしい声。否、声と判断していいのかも解らない。
洞窟内を通る風のような、墓場の柳が擦れるような……とにかく不気味の一言で表せる音こえ。
その原因は何なのか、供助と猫又は知っている。知らされている。
「なん、なんだ今の……声、か……?」
今のが太一にも聞こえていたらしく、表情は固まって供助達に釣られて同じ方向に視線をやる。
一帯の空気は生温く、なのに感じる寒気。強い緊迫感と圧迫感に、喉が酷く渇く。
「いかん、ここには気を失った教師が居る……供助、この場で迎え撃つのは得策では無いのっ!」
「太一、理由はあとで話す! だから今はここを離れるぞ!」
供助は再度、太一の腕を掴んで強引に引っ張る。
瘴気に混じり、強く巨大な妖気の固まりが近付いて来ていた。瘴気で霊感が上手く働かない状況であったが、近距離まで来ているのなら話は別だ。
今では嫌という程、ヘドロみたくドロリとした真っ黒い妖気を肌で感じ取れる。
ゆっくりと、だが確実に。今回の依頼の標的である妖怪――――不巫怨口女が、来ている。
「待てよ、供助!」
「待てる暇も余裕も無ぇんだ……!」
「委員長も居るんだよ!」
「――――は?」
太一の口から出た言葉に、供助は体の動きを止める。
「だから、職員室に委員長が居るんだよっ! 一人だけ置いてけないだろっ!」
「マジ、かよ……!」
「マジだよ! 皆は気絶したけど、俺と委員長だけはなぜか無事だったからここに来たんだ!」
「それを早く言えってんだ……ッ!」
供助は額に手を当て、小さく項垂れる。だが、探し人が同時に見付かったのは僥倖と言えよう。
ただ、見付かった状況は限りなく最悪に近いが。
「猫又、太一を連れて先にここから離れろ! もう一人を連れて俺も後から追っかけ――――」
供助が猫又に話している途中、言葉が止まった。止めてしまう理由があった。出来て……いや、現れた。
ガラリ、と。音を鳴らして開かれる扉。職員室のドア。そこから現れたのは、言うまでもなく。
「田辺君。話し声が聞こえたけど、電話が繋がったの?」
供助が探していた、もう一人。クラスの委員長こと、幼馴染でもある鈴木和歌が。
眼鏡を中指で押し上げながら、職員室から出て来た。
「って、あれ? 古々乃木君? なんで居る、の……?」
――――が。供助が言葉を途切れさせた理由はこれではなく。
和歌の後方、廊下の曲がり角。とうとう現れ、姿を見せた。
誰も自分に対して反応が無く、全員が一点を見つめて押し黙っている。しかも、供助と猫又に至っては極めて険しい表情をさせている。
当然、人間にも好奇心があり、何よりその場のただならぬ雰囲気に不安になり。和歌は気になって皆と同じ方を見てみると。
「な、に、あれ……」
それを見て口から出たのは、疑問と言うよりも困惑の言葉だった。
驚き、固まり、呟き、戸惑う。廊下の奥に現れ見せた、自身とは異なる存在に。不可解で不気味な妖怪に。
自分が生き、知る世界とは違うモノ。異様さを纏い、異常さを感じ、異端だと悟る。
――――アアアアァァァァァアァアオオ……。
耳にねっとりと絡み、頭にこびり付く。とても不気味で酷く不愉快な声と共に。
不巫怨口女は、現れた。




