第五十五話 姿現 ‐カイテキ‐ 壱
「猫又、そっちはどうだ?」
「変わらん。周りと同じく、気を失い倒れておる」
床に倒れる生徒の顔を確かめつつ、猫又は供助に答えた。一年、二年、三年の各教室、廊下、トイレ。視聴覚室、調理室、音楽室、会議室などの特別教室。
供助と猫又は約十分程掛けて走り回り、目標の探索と状況の確認をしていた。
「……目標は?」
「見ての通り、何処にも居らん。不巫怨口女も……供助の友人もな」
「そうか。結構探し回ったが、こうも見付かんねぇたぁな。一体ぇどこに隠れてやがる……?」
眼光を鋭くし、辺りを見回す供助。学校中に漂っている不巫怨口女の瘴気が邪魔し、供助の霊感も猫又の鼻もまともに機能しない。
探せばすぐに見付かると思っていたが、予想は外れて未だに不巫怨口女は見付からず。それどころか、太一の姿も依然見付かっていない。状況も状態も変わらず、無駄に時間だけが過ぎていく。
時間が掛かれば掛かる程、不巫怨口女によって生徒の生気が吸われてしまう。その証拠に……。
「供助、生徒達だが……段々と顔色が悪くなってきておる」
「……あぁ、解っている。思っていたよりも時間が無ぇようだ」
供助は前髪を掻き上げ、舌打ちして悪態をつく。
見付からない不巫怨口女、どんどんと過ぎて迫られる時間。そして、見付からぬ友人。
面倒臭がりで怠惰感を隠さない。いつもダラダラとした態度の供助でも、今回は焦りの色を見せていた。
さらに言えば、焦る理由がもう一つある。いや、出来てしまった。その理由というのが、今供助が居る場所が体育館という事が関係している。
「とりあえず、この体育館には居らんようだの。次は何処を探しに……供助?」
「……」
「のぅ、供助。聞いておるか?」
「ん? あぁ、聞いてる。そうだな……」
「何か気になる事があったのかの?」
「いや、なんでもねぇ。次は図書室か保健室あたりを探すか。校舎以外にも部活棟もある。急ぐぞ」
「うむ。早う不巫怨口女を見付けて何かしらの対策をせねば、生徒達が取り返しの付かん事になってしまう」
明日、文化祭の開会式が行われるのはこの体育館。恐らくその準備をしていたのだろう、体育館には倉庫からパイプ椅子を出して並べてられていた。
体育館で倒れていた生徒は複数名。だが、その中には居なかった。供助が居るであろうと思っていた人物が、居なかった。
供助が帰宅する前は体育館で演技の練習をしていた、委員長の姿が。供助の幼馴染――――和歌がどこにも、居なかった。
「しっかし、改めて思うが……学校というのは本当に広いのう」
「全くだ。こんだけ広いのを恨んだのは初めてだっつの」
太一に続き、和歌までも姿が見当たらない。次から次へと起こるイレギュラー。供助の内心は焦り、上手く進まない事に苛立ちを覚えるも、冷静を繕って校舎の探索を進める。
横田の話では、不巫怨口女は人間の生気を吸い取ってから喰い殺すと言う。その話が本当ならば、太一や和歌が他の生徒と同様にどこかで気を失っているとしても、現状を見る限りではまだ生徒の生気は吸い取りきられていない。
なら、二人はまだ生きていると考えられる……が、確証がある訳では無い。横田から得た情報が必ずしも合っているとは言い切れないからだ。
二人の生存を自分の目で確かめるまでは安全とは言えない。もしかすれば最悪、もうすでに……というのも有り得ない事ではないのだから。
「予定変更して先に職員室に行くか、丁度行き道だ。生徒だけじゃなく先公も残って……」
「供助、シッ!」
「あん?」
供助の言葉を途中で止め、猫又は人差し指を立てて鼻の前に付ける。
「何か聞こえんか?」
「なに……?」
「声、だの。声が聞こえる」
猫又の頭に生えている猫耳が、音源を聞き取ろうとピクンと動く。
物音一つしない静寂に包まれた校舎内。僅かな音や声がすれば余計に響く。
尤も、妖怪である猫又の聴覚が人間の供助より何倍も優れているという事もあるが。




