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      事端 前 ‐ヒトノゴウ ゼン‐ 参

『そして、ここからが事の始まり。妖怪が封印された理由と由来だ』


 横田は受話器越しに小さく息を吐き、声のトーンが下がる。


『妖怪のお陰で村は毎年豊作、大きな自然災害に悩まされる事はなくなった……が、一度甘い蜜の味を知った村人たちは、それに依存するようになってしまった』

「そりゃあの。作物の一部を供えるだけで豊作が約束される。手放すのは惜しくもなろう」

『俺が言うのも何だけど……人間ってのは本当に欲深くて愚かだね』

「む? なんだ横田、いきなり」

『その妖怪の力を欲した村人達が隣村や他の土地の者に知られ、取られぬよう、妖怪に酒を振る舞い酔って眠った所を狙い、手足を切って監禁しようとした』

「……ッ! しかし、手足とな? 野槌は蛇のような体躯に、四肢が無いと聞いておるが……」

『地域によっては人型であったとされている所もある。多様な姿形を持つ妖怪も珍しくないだろう?』

「まぁ、の。で、野槌は……?」

『村人の目論見は失敗。野槌は右腕を切断された所で目が覚め、村人の行いに激怒し、その場にいた人間を全員喰い殺したそうだ』


 人を喰い殺した……その言葉に供助は微かに反応を示したが、それでも会話に混ざる事は無かった。

 自分が探している者が“人喰い”である故、どうしても人を食うという言葉には敏感になってしまう。

 だが、今のは昔話の事。供助は無言で走り続けるだけだった。


『それからは作物も再び凶作に見舞われ困り果てた。さらに野槌が村を襲うようになってしまい、村人は心身共に追い詰められ衰弱していったらしい』

「因果応報だの。欲を出し、恩を忘れた人間が悪い」

『だが、ある日……その村に救い手が現れた』

「救い手、とな?」

『現れたのは渡り巫女。または歩き巫女とも呼ばれているね』

「日本に昔から伝わる巫女の一種だの。もっとも、その全てが全うな巫女と言う訳ではないが」


 渡り巫女、歩き巫女――古来、日本に多く存在していた巫女の内の一つ。日本各地を旅し、祈祷(きとう)勧進(かんじん)を行って路銀を稼ぎ、生計を立てていた。

 だが、旅芸人や遊女を兼ねていた歩き巫女も存在し、猫又が言ったように全てが実力を持った巫女という訳では無い。

 それでも実力を持つ渡り巫女は存在する。中には口寄せで死人の口を聞く者も居る程だった。


「なるほど。では村人たちはその渡り巫女に助けを求め、野槌を封印してもらったのか。それで、今回の依頼途中で野槌の封印が解けた、と」

『……いや、違う。人の欲深かさは本当に怖いよ』

「ぬ?」

『確かに村人は渡り巫女に野槌を祓って欲しいと頼み、巫女もそれを承諾した』

「では、何が違うのかの?」

『村人は妖怪を退治して欲しいと巫女を騙し、祓いに向かった巫女を後ろから襲い気絶させた。そして、妖怪に対してこう言った……“巫女の力を喰らえば失った右腕も元に戻るだろう。だから、その代わりもう一度、この村に実りを戻してくれ”』

「村を助けようとした巫女を売ったのか……ッ!」


 人の欲。その深さ。罪深さ。

 善意で村を助けようとした渡り巫女を、村人は贄として捧げる。外道非道の極み。

 猫又は不愉快さと、苛立ちを隠せず怒りを見せる。


『しかも、渡り巫女は生きたまま野槌に喰われた。死んでしまえば神力が無くなってしまう、とね』

「胸糞が悪うなるの……!」

『巫女を食らって野槌の腕は元に戻り、怒りは収まったのか村を襲う事は無くなった』

「村人にとっては万々歳だが、巫女は報われんの……」

『村人は野槌に襲われる危険が消え、来季からは凶作の心配も無くなると安堵した……が、少し間が経ってから村に不可解な事が起こるようになった』

「その不可解な事とはなんだの?」

『――神隠し』


 横田の話では、渡り巫女を捧げてから野槌が村を襲う事は無くなったが、不定期に村人が行方不明になるようになった。

 子供、大人、老人。歳や性別は関係無く、無差別に、そして前触れも無く姿を消す。ものの二ヶ月で被害人数は十を超える異常事態。

 新たに起こり始めた問題に、村人はまた頭を抱え悩んだ。


『ただ事ではないと村で少ない金銭を集め、遠くから有名な神主を呼んで解決してもらおうと試みた』

「凶作で蓄えも少ない筈。それでも呼んだという事はそれだけの状況だったんだろうの」

『そして、呼ばれた神主が村には入るや否や、村人達に鬼気迫る顔で問い詰めたそうだ。ここで何が起き、何をしたかを』


 それだけ村には悍しい妖気と濁った空気が充満していたのだ。

 村を覆い尽くし、飲み込む程の寒気と悪寒。尋常でない状況に、神主は只事ではない事を瞬時に感じ取った。

 そして同時に、自分では手に負えないと。


『村人は正直に経緯を話し、それを聞いた神主は激怒したそうだ』

「そりゃあの。聖人君子でもキレて仕方ない事をしたからの」

『そして、十三人目が神隠しにあった辺りで……その原因がようやく見付かった』

「これまでの話の流れ的にも……大体の予想は出来るがの」

『場所は山奥の崖下。案の定、村人の神隠しの原因は妖怪でね。そこら中に喰われた残骸が転がっていたそうだ』

「やはり原因は野槌だった訳かの」

『半分当たり、だ。正確には野槌だったモノ』

「だった?」

『見付けたのは本来の姿から掛け離れた形の……』


 故意か無意識か。横田はひと呼吸の間を空け。


『――――渡り巫女に乗っ取られた野槌だった』


 裏切られた妖怪と騙された人間の成れの果て。

 憤怒と怨念に取り憑かれた巫女の怨霊。それに飲み込まれ乗っ取られた野槌。

 人の欲は妖怪も、同じ人間すらも―――惨劇の禍渦へと巻き込む。


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