弁当 ‐ハラノムシ‐ 肆
「それに殺すって言っても、強制的に成仏させるだけで消滅はさせないけどな。強制的に成仏ってのも矛盾してっけど」
「だが、その殺すかどうかは結局、貴様ら人間の都合で決まるのだろう……!」
「それは否定しねぇよ。人間の都合が良いように妖怪や霊を払ってんだからな、相手にとっちゃいい迷惑だろうよ」
以前、都市開発で山を削る際、元々住んでいた妖怪を追い出すという仕事があった。
人間の勝手で住む場所を追われた妖怪。山に居座り開発の妨害をすれば害のある妖怪として払われ、それが嫌なら山から離れなければならない。どう見ても人間の都合のゴリ押しだというのに、妖怪側が悪とされる。
それを知っている供助は、彼女の言葉に対して言い返しはしない。むしろ、肯定に近い答えだった。
「けどまぁ少なくとも、今の俺の都合だとお前は払う対象じゃないのは確かだ」
「証拠が無いな」
「腹に巻いてある包帯じゃあ不十分か?」
「……」
彼女は口をつぐむ。少し開けた着物の隙間から覗ける、首や肩に巻かれた白い包帯。
服で隠れて見えないが、他に腕や足にも包帯が巻かれてあり、一番傷が酷かったのは腹部の大きな裂傷であった。
今も彼女が腹部を手で押さえているのを見ると、やはりまだ痛み、そう動ける状態ではないようだ。
「第一、お前を殺すつもりなら拾わずに見捨てるか、見付けた時に止めを刺してるっての」
「……ぬぅ」
「安心出来ねぇ信じられねぇってんなら、ここから出てって構わねぇよ。止めねぇし追いかけねぇ」
パキっ、と割り箸を割り、供助は左右対称に割れなかった割り箸の端を見て渋い顔をする。
「ただ、出て行く前に幾つか質問に答えて貰うけどな」
一向に進展しない状況に疲れたのと、空腹に耐えられなくなり、供助は我慢出来ずに弁当に手を掛ける。
「質問、だと?」
「そう警戒するなって。個人的なモンだよ」
透明な弁当の蓋を開けると、揚げ物の良い匂いが広がる。供助が開けた弁当はからあげ弁当。
中身は胡麻が振り掛かった白米に、からあげ、マカロニサラダ、スパゲッティ、ちょこっと漬物。
よくあるスーパーで売っている弁当。安さ故に決して豊富とは言えないおかずに、体に悪そうな色をした漬物。それでも空腹の供助にはご馳走に見える。
形の悪い割り箸を右手に構え、空腹を満たそうと唐揚げへと箸を向ける。
――――ぎゅるる、ぐぎゅぅぅぅぅぅううぅぅ。
なんと言えばいいのか。地に響く音というか、ある意味これ以上ない助けを求める声というか。
コントで使われる効果音と同じ位に見事な腹の虫が、鳴った。
「……」
「……」
供助は箸を止め、彼女は少し顔を赤くして目を逸らす。
一応言っておくが、今のは供助の腹の虫ではない。
「今の、お前だよな?」
「……なんの事だの?」
はて? と明後日の方を向いてしらばっくれる女妖怪。
時折ピクっと頭に生えた猫の耳が動く。
「……やらねぇぞ」
「い、いらんし! 欲しがっておらんし!」
ぎゅるるるるるぅぅぅぅ。
「……」
「……」
ぎゅる。
「だ、だから欲しがっておらんと言っておる!」
「いや、今のは俺の腹の音なんだけど」
「え?」
「え?」