切掛 ‐アコガレタユメ‐ 参
『こら、供助。今何時だと思ってんだ?』
むんず、と。服の襟首を掴まれ、少年は強制的に振り向かされた。
そこに居たのは二人の大人。高身長で鍛えられた体躯の男性と、眼鏡を掛けた長い黒髪の女性。
それは供助と呼ばれた少年の両親だった。
『おとっ、おかあ……』
『良かった、和歌ちゃんも一緒ね。あんまり遅いから探しに来たのよ?』
少年の父親は服から手を離し、母親は倒れていた少女を起こして土埃を払ってやる。
『あ、あの……おじさん、おばさん! じつは……』
『ほら、和歌ちゃんのお母さんとお父さんも心配しているわ。早く帰りましょ』
『で、でも、あのね……こわいゆうれいにおいかけられてたの!』
『幽霊?』
『うん……あそこに』
少女が指差す先に、未だ動かず睨み付けてくる男の幽霊が居た。ギリギリと奥歯を鳴らし、眉間には幾重にも皺と影を作り出している。
少年の母親と父親、二人はその方向を一瞥するも、すぐに少女へと目線を戻した。
『幽霊なんて居る訳無いでしょう、見間違いじゃない?』
『ほんとうに、あそこにいるんだもん……!』
『子供はもう寝る時間よ。眠くて夢でも見てたんでしょ』
少年の母親はくすりと微笑し、少女の頭を撫でた。
『ねぇ、きょうくんもみえてるよね!? ゆうれいにあっちいけって、いってたもん!』
『ぼくは……』
本当の事だと、嘘なんかじゃないと涙目で訴える少女は、同じ物を見ていた少年に助けを求める。
動けなかった所を助けてくれて、一緒に逃げてくれた少年に。
だが、しかし。
『ぼくはただ、のどかちゃんをひとりだけにするのがかわいそうだったから、みえるふりをしただけだよ』
『え……?』
『ゆうれいなんて、いるわけないじゃん』
『……っ!』
呆れるような口調と少し小馬鹿にするような感じで、少年は少女に答えた。けど少年は、悲しそうな顔をする少女を直視する事が出来なかった。
可哀想だから、違う。嘘に付き合ってられないから、違う。疲れたから、違う。
少女に嘘を吐いた罪悪感から、目を合わせる事が出来なかったのだ。
『さぁ供助、和香ちゃん、帰るわよ。明日の朝もラジオ体操があるんだから、早く寝ないと』
『うん』
『……』
女性は少年と少女、片手ずつ手を繋ぐ。
少女は幽霊の事を信じてもらえなかった事と、見えていると思っていた少年も結局は見えていなかった事に、ショックで無言で頷いた。
『生護、私達は先に行ってるから』
『あいよ。鈴木さんによろしく』
『お風呂のお湯がぬるくなる前に帰ってきてよ』
『さっさと帰って供助と入るさ』




