第五十一話 切掛 ‐アコガレタユメ‐ 壱
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えーんえんえん。えーんえんえん。
声が聞こえる。子供の泣き声。女の子の泣き声。
茶色い髪を束ねたポニーテールに、眼鏡を掛けた少女。年齢は見た目からして小学生低学年くらい。
軽く握った両手で眼鏡下の両目を塞ぎ、声をしゃくれさせながら涙を流していた。
『ひっく、っひ……』
肩を上下させ、涙を拭って手で擦られてた目の周りは真っ赤で。
幼い少女は必死に訴え掛ける。周りに、皆に。
『ほんとうだよ! ほんとうにいるんだもんっ!』
暗い暗い外。とうに陽は落ち、空は真っ暗。
真夏の時期でありながら、冷たい空気が漂い、まるで異空間のように周りと空気が違う。そこは――――墓場。
近くの川原で花火大会があって、仲が良い友達数人と行ってきた帰りでの出来事。
花火でテンションが上がり、話も弾み。帰り道の途中にある古い寺にある墓場で、夏の風物詩でもある肝試しをする事になった。
昼間と全く違う雰囲気に戸惑い恐怖を感じながらも、子供達は好奇心と遊び心で墓地の敷地内を歩き回ってはしゃぎ遊ぶ。
しかし、本来ならただの肝試し。いつもと変わらない遊びの一つで終わる筈だったのが、今日はそうじゃなかった。
肝試しが終わった後。その帰り道で、ある出来事が起こった。
『ほら、あそこ! あそこのでんちゅうのうしろ!』
眼鏡の少女は友達に言いながら、電信柱の一本を指差す。
だが、その先には何も居らず、何も無く、何も見えず。風に葉が撫でられて揺れ、木々の間の先にはもっと暗い闇が続くだけ。
『なんかいもみたけど、だれもいないじゃんか』
『ほら、ほらあそこ! ずっとこっちをみてるよ!』
『どこだよー、さっきからみてるけどなんもないぞ』
『だからあそこ! おはかからずっとついてきてる!』
少女が再度指差すも、他の友達は呆れ始めてまともに相手しなくなって。
初めは皆を驚かそうと言ってると思い、周りもそれに乗って怖がったりはしゃいだりしていた。
だが、肝試しが終わって墓場から出て時間が経つ。なのに、まだ言い続ける少女に、友達はしつこさを感じ呆れて始めていた。
それもそうだろう。何も無い、誰も居ないのに何度も言われて、時間も夜中な上に遊び疲れから眠気もやってきている。
子供達はそろそろ家に帰ってお風呂に入り、温かい布団で眠る時間である。
『おとこのひとがこっちをみてる!』
しかし、言い換えるなら。見えないからこそ、子供達は恐怖せず危険を感じずに済んでいるのだ。
見えないから何も知らず。感じないから何も思わず。信じないから適当に対する。
そして、見えてしまうから……その存在を見て認識してしまったから。少女は恐怖し、身近の危険に泣き、皆に訴える。
その“存在”が危険なモノだと、直感で解ったから。
『もういいってー。はやくかえろうぜ』
『ま、まってよ……!』
言って、少女の友達は先を歩き出す。
花火が終わってからかなり時間が経っている。これ以上遅くなると親に怒られるのもあって、皆は自分の家へと向かう。
一人残された少女が、友達を追い掛けようとした瞬間。悪寒がして後ろを振り向くと。
『ひっ……!?』
短く、小さな悲鳴。
さっき五十メートルほど先の電柱の影に居た筈の幽霊が、気付けば十メートル先の曲がり角まで近付いていた。
右半身だけを壁から覗かせて、腰を曲げ、不気味に笑い、半透明の体が蜃気楼のように揺れる。
少女は友達のもとへ追い掛けようとするも、恐怖から身が固まり、足が竦んで動けなかった。
幽霊は目が合い、口元を歪ませる。にたぁ、と。粘りつく様な笑みで。




