不変 ‐カワラズ‐ 参
「知ってるわ。三日前に川を見つめていた」
「ああ、嬉しい。僕はあれからあなたのことばかり追い掛けていたんだ」
「お世辞が上手いのね。あなたも貴族なの? 舞踏会なんかに出席して」
台本を片手に、壇上で声を張らせて動く委員長の姿がそこにあった。
委員長を含む女子生徒が二人、壇上で真剣に台詞を読み上げていく。勿論、演技も同時に行いながら。
だが、その様子を見て、供助には一つの疑問が浮かび上がった。
委員長は文化祭準備の中心になって指揮を取っていたが、演劇に出る予定は無かった筈。なのに、体育館の壇上に立つ委員長は明らかに演劇の練習をしている。
「なぁ、太一。委員長って演劇には出ねぇんじゃなかったっけ?」
「ん? あぁ、ジュリエット役をやるハズだった生徒が、なんか親戚の不幸があって文化祭に出れなくなったんだ。急遽、代役に委員長がやる事になったんだよ」
「代役って……本番は明後日の日曜だろ? 出来んのかよ」
「代役を頼まれたのが昨日だからなぁ、かなりキッツイと思う。準備の指揮を取ってる上に、演劇の台詞を三日で覚えんのは大変ってもんじゃないだろ」
「それでなんで引き受けるかねぇ」
「他にやれそうな生徒がいなかったみたいだぞ。それに委員長って責任感が強いし、断れなかったんだろうな」
演劇の練習をしている委員長を立ち止まって眺め、供助はふと階段で聞いた委員長の言葉を思い出す。
『確かに今は文化祭準備で忙しいし、出し物の進行も遅れているけど……大変は大変でも、楽しい大変かな』
『なんて言うか、気持ちが充実しているって言うのかな? 目が回るくらい忙しいけど、その中に楽しさもあって……クラスの皆と一緒に頑張ってるのが嬉しいって思えるの』
自分より周りを大切にし、周りが喜ぶと自分も嬉しくなる。
昔からそうだった。小さい頃、誰かが泣いてると心配して助けようとする。誰かが困っていると一緒に悩んであげる。お節介で、世話焼きで、お人好し。委員長は……和歌は、昔っからそうなのだ。
そう、昔から。子供の頃、供助が初めて和歌と知り合った――――十年前から。
「……相変わらず、お人好しなのは変わってねぇな。あいつは」
「お前は面倒臭がり屋になり過ぎだ」
「うっせぇよ、鼻垂れ丸坊主」
「子供ン時の事は言うなっての!」
供助が呟いた独り言を聞いた太一が、半分茶化すように言葉を返した。
供助と太一、そして委員長の三人は同じ小学校出身。昔はよく三人を含めた多くの友達と公園を駆け回って遊んでいた。
今とは違い、まだ供助と委員長が口喧嘩なんてせず仲も良かった頃。毎日が楽しかった昔の話。
『こんにちは! わたし、のどかっていうの!』
『こ、こんにちは』
『きみはなまえ、なんていうの?』
『きょうすけ』
『んーと、じゃあきょうくん!』
『き、きょうくん?』
『いまからこうえんにいくの。いっしょにいこっ』
『い、っしょに……? ぼくが……?』
『うん! ともだちがいっぱいいるよ!』
『いって、いいの?』
「あたりまえだよ。ほら、いこっ!」
供助が今住む家に引っ越してきた日の事。
白いワンピースを着て、肩まで長さがあるポニーテール。まだ眼鏡を掛けず裸眼だった、幼い時の委員長。そして、少しおどおどした反応の供助。
懐かしい思い出の一つでもあり、供助に初めての友達が出来た瞬間でもあった。「はい、ストップ!」
ぼんやりと体育館の壇上を見つめていたのを、女子生徒の声で我に戻る供助。
昔の事を思い出し、知らぬ内に物思いに耽ってしまっていた。
「和歌さん、今の笑顔は固いわ。もっと自然に微笑んで」
「嘘、固かった?」
「口元が引き吊ってたわよ。三日ぶりのお通じが出た時を思い出して」
「確かに、それは自然と笑みが溢れるわね」
「じゃ、もう一回っ! ロミオの『ああ、嬉しい』から!」
その場に女子生徒しか居ないからか。教室では言わないような下品な会話が笑い混じりで交わされていた。しかし、笑いや冗談を言っていても、真剣さが芯にあるのは強く感じ取れる。
今まで文化祭準備が遅れていた所に、いきなりの代役。色んな事をそつ無く熟す委員長でも、流石に羽詰っているんだろう。
だからこそ気負わ過ぎないよう、そして、急ぎ焦らないよう。冗談を交えてリラックスさせているのだ。
「つーか、なんで主役が両方共女がやってんだ? ロミオって男だよな?」
「あー、それはアレだ。ほら、ロミオとジュリエットってキスシーンがあるだろ? だから二人共女子にしたんだと」
「演劇なのにそんな本格的なキスまでするのかよ」
「いや、それっぽくするだけなんだけどな。元々ジュリエット役をする予定だった女子が、キスの真似でも男子相手だと恥ずかしいからってそうなったらしい」
「なんだそりゃ」




