幼馴 後 ‐オサナナジミ コウ‐ 弐
「ねぇ、古々乃木君」
「あん? 今日はやけに話し掛けてくるな」
供助が空から委員長へ視線を移すと、委員長は足を止めて振り返り、供助を見つめていた。
供助も足を止めて委員長に向き合い、丸めていた背中を僅かに伸ばす。
「……なんで、私が絡まれていたのを助けてくれたの?」
「いきなりなんだ?」
「いいから、教えて」
力んでいると言うか、声が強張っていると言うか。
さっきまでの委員長の声のトーンとは違って、真剣な雰囲気が漂う。
「あのな、俺ぁ助けてねぇって言ったろ。委員長が勝手に――」
「古々乃木君、面倒な事が嫌いでしょ? なのになんで助けてくれたのかな、って……」
「人の話を聞けよコラ。まぁ、確かに面倒臭い事は嫌いだよ。大が付く位ぇに嫌いだ。面倒な事は疲れるし、時間も勿体無ぇ。出来る事ならやりたく無ぇな」
「じゃあなんで……?」
「……っはぁ」
顎を数センチ上げてから、項垂れるように頭を下げて大きく息を吐く供助。
少しバツが悪そうに頭をくしゃくしゃと掻き、止めていた足を動かして口を開く。
「理由なんて何て事ぁ無い、簡単なモンだよ」
「え?」
委員長の横を通り越し、伸ばした背中をまた丸めさせて。数秒の間を開けて言った。
「面倒臭かったからだ」
簡潔に一言で、簡単な言葉で。
そして何より、供助らしい理由。
「無視して見捨てていたら、おばさんと顔を合わせる度に申し訳無く思っちまうからな。そっちの方が面倒臭ぇ」
供助は正面を見て、後ろの委員長とは目を合わせず。ぶっきらな態度でそう答えた。
でもどこか照れくさく、恥ずかしがってわざと目を逸している気がして。委員長はくすりと、頬を緩めた。
「何笑ってんだよ」
「んー、別にぃ?」
供助の後ろ追って、委員長も止めていた足を動かし始める。足取りはさっきまでよりも軽く、何かを懐かしむような表情の委員長。機嫌が良さそうな雰囲気を見ると、供助の返答は納得のいくものだったらしい。
ハン、と鼻を鳴らして、供助は前を向く。家はもう目前で、家の窓から明かりが漏れているのが見える。
猫又が居間で寝転がって漫画でも読みながら、供助が帰ってくるのを待っているんだろう。
「あらあら、話し声がすると思ったら供助君じゃない」
「あ、ども、おばさん」
意味深に含み笑いする委員長を一瞥して、供助が向いた正面には。
お隣のおばさんが、丁度家から出て来た所だった。
「どこかに行くんすか?」
「ちょっと近くのコンビニにね」
おばさんの特徴の一つでもある細目でにっこり微笑み、髪の毛を耳に掛けながら供助に答える。
物腰が柔らかく、おっとりとした雰囲気。殆どの人が『優しそうな人』という第一印象を持つだろう。
「またお風呂上がり用のアイス買いに行くの?」
「まぁ、珍しい組み合わせね。供助君の話し相手があなたなんて」
二、三歩。委員長はおばさんの所へと歩み寄り、肩に掛けていた学生鞄を小さく揺らした。
二人の会話を聞くと既知の口ぶりで、しかも親しい間柄であるように見える。
それもその筈。なぜならこの二人は――――。
「おかえり、和歌」
「ん、ただいま。お母さん」
委員長の本名は鈴木和歌。供助の同級生であり、クラスの委員長であり、家の隣人。
そして――――小学校時代からの顔馴染みで、幼馴染である。




