見付 ‐ハッケン‐ 伍
「つーか、朝飯買いにコンビニ行くんだろ。外が暑くなる前に行ってこいって」
「あ、そうだったね。太一君、朝御飯買いにコンビニ行こうよ」
「そういや食ってなかったな。よし、ちょっと行ってくるか」
太一は自分の学生鞄から財布を取り出して、よっこらせ、なんて台詞を吐いて立ち上がる。
「ん? 供助、お前は行かないのか?」
「俺は昨日買っといた弁当があっからな。二人で行ってこい」
「まぁたいつもの半額弁当か」
「居候が出来ちまったからな。余計節約しねぇといけねぇんだよ」
これみよがしに大きな溜め息を吐く供助。
節約は小さな事からコツコツと。されどお金は貯まらない。
「供助君、何か猫ちゃんに買ってくる?」
「じゃあ猫には猫らしく、百円で買えるやっすい猫缶でも買っ……あだっ!」
猫パンチ……ではなく、爪を供助の足の裏に突き立てる猫又。
効果が無かった猫パンチの発展上位技、猫クロー。効果、意外と痛い。
「あー、こいつにも買い置きがあるからやっぱ要らねぇ。とりあえず飲みモンだけ頼む」
「わかった。お菓子も適当に買ってくるよ」
「おう、俺は少し片付けとくわ」
元は猫のクセに猫又は人間食を好み、中途半端にグルメだから面倒臭いし金が掛かる。
グルメじゃないガラガラヘビみたく、なんでもペロリしてくれれば安っぽいキャットフードで済むというのに。
太一と祥太郎が居間から出ていき、玄関の戸を閉める音が聞こえたのを確認する。
「供助……誰がぎゃあぎゃあ騒いで喧しく、食っちゃ寝しとる糞猫だと?」
「お前ぇ以外に誰がいんだよ」
「私とてしっかりと払い屋の手伝いをしておろうが! まるで何もしていないように言いおって!」
「あーはいはい、わかったわかった」
「なんだの、その投げやりな態度と言葉はっ!」
「お前ぇと長話してる暇はねぇの。太一達が戻ってくる前に飯の準備しねぇと。アイツ等が居ない間じゃねぇと、お前が弁当食えねぇからな」
テーブルに手を掛けて立ち上がり、供助はのそのそと隣りの台所へと移動する。
その後ろを猫又は首輪の鈴を鳴らして付いていく。
「それとも本当に朝飯が猫缶になってもいいのか?」
「断っ然っ! 弁当の方がいいの!」
「今冷蔵庫から出してチンすっから、少し待ってろ」
「ちなみに何の弁当かの?」
「鮭弁」
「えー、それ昨夜と同じ弁当だのぅ」
「食えるだけ有り難いと思え。俺だってお前と同じ鮭弁なんだからよ」
「供助は昨夜のり弁を食ったではないか!」
供助は冷蔵庫に仕舞っておいた半額弁当を取り出す。
冷蔵庫の中は殆んどスカスカで、あるのは調味料とペットボトルの烏龍茶ぐらい。
供助は自炊をしないので食材を買い貯める事は無い。なので冷蔵庫はほぼ半額弁当専用になっていた。
「のぅ、供助」
「あん?」
「あの二人、とても気の良い友人ではないか」
「一人はお前を追っかけ回したのにか?」
「う、む……あれは正直驚いたの。起きたら目の前に人が居たんだからの」
「部屋に入ってきた所で気付かなかったのかよ。どんだけ爆睡してたんだ、お前ぇは」
供助は猫又と話しながら電子レンジを開け、中に弁当を入れて温める時間を設定する。
「前に言ったの? 私は人を見る目はあるとな」
「あー、言ってたような気はする」
「私の事はともかく、供助が霊が見えてどんなバイトをしているか……話してもいいんではないかの?」
ボタンを押して温める時間を設定していた供助の手が、ピタリと止まった。
「供助も気付いておったろう? あの金髪の友人、太一と言ったか……バイトの話が出た時、少しばかり心配そうにしておったぞ」
「……あぁ」
「供助の事情を察して余り深く聞こうとせんのだろうが、少しでも相手を安心させるのも友人としての勤めではないか? 仲が良い友人ならば、尚更の」
「友人として、か」
「あの二人ならば理解してくれると思うがのぅ」
「……猫又」
「なんだの?」
供助は振り向かず。電子レンジの窓に反射して映った自分の顔を見つめ。
抑揚が無く、しかし感情は深く。
「仲が良いから全てを話せるんじゃねぇよ」
供助は思い出す。さっきまで見ていた昔の、懐かしい夢を。かつての両親。暖かく優しかった母と、強く逞しかった父。
だが、その反面……辛い記憶でもある。疎外され一人ぼっちだった頃の、冷たく寂しい過去。幽霊が見えるだけで、他の人には見えないものが見えるだけで……気味悪がられて遠ざかっていく。
供助は知っている。人は自分と異なるモノを忌み嫌う事を。身をもって、知った。
だから、だからこそ、供助は。
「仲が良いからこそ、話せねぇ事があんだ」
怖いのだ。霊能力の事を話すのが怖くて怖くて。
大切な友人を失ってしまうのが――――怖くて、堪らない。




