見付 ‐ハッケン‐ 弐
「そうだ、供助。借りてた地獄担任の十二巻、前に返して欲しいってから持ってきたんだった」
「あぁ、そいやそうだったな」
太一は居間の隅に置いておいた自分の学生鞄の中から、漫画の単行本を取り出した。
既に連載は終わっているが、ギャグあり、エロあり、シリアスあり。今でも根強い人気を誇っている漫画である。
「あと悪いけどさ、次はあれ貸してくれよ。師弟ハンター」
「俺の部屋にあっから勝手に持ってけ」
「なんだよ、持ってきてくんないのかよ」
「寝起きで動きたくねぇ」
「じゃあ勝手に持ってくっかな。ついでに地獄担任も戻しとくわ」
「おう」
供助はコップに注いだ、ぬるくなって炭酸が抜けたジュースを一気に飲み干す。爽快感が無くなって一層強く感じる甘さに、口の中が妙にべたつく。
かと言ってテーブルには他に飲み物は無く、台所の冷蔵庫まで氷を取りに行くのも面倒だった。怠い訳でも、変な体勢で寝て疲れたでもない。
懐かしい夢で会った懐かしい人達。その余韻に浸りたく、ゆっくりと懐かしみたかった。かつての、大好きだった二人の記憶を。
「供助君?」
「ん? なんだ、祥太郎」
「いや、嬉しそうに笑ってたから……」
「笑ってた?」
「うん。もしかして、いい夢でも見てたの?」
供助は口へ手を当て、そこで初めて自分が笑っていたのに気付いた。
意識した行動とは別の、完全に無意識だった所を見られた事に気恥かしさから。緩んだ口元を消そうとするも、供助はすぐにやめる。
「いや、そうだな……あぁ、そうだ」
なぜならこれは、恥ずるような笑みではないから。
供助にとって誇りで、自慢で、大好きだった人達の事を思い出しての感情。その感情から生まれ落ちた笑みならば、それは隠さず素直に認めるべきだと。
「凄くいい夢を……見たんだ」
消さず、隠さず、恥ずかしがらず。
供助は感情のままに作られる表情で、祥太郎の問いに想いがままに答えた。
いい夢だったと、簡潔ながら思いが含まれた重みのある言葉で。
「そっか。いい夢を見たんなら、今日は何かいい事があるかもね」
「いや、俺にとっちゃいい夢を見れた時点でいい事があったようなもんだ。もう十分だ」
「じゃあ逆に悪い事が起きちゃったりして」
「勘弁してくれ。いい夢見て気分がいいんだからよ」
「あはは、冗談だってば」
供助はテーブルに頬杖をつき、祥太郎の冗談に半開きの目を向ける。
太一がさっき九時過ぎと言っていたのを思い出し、朝御飯を食べていない事に気付く。
夜中に遊びながらスナック菓子などは食べていたが、ちゃんとした食事は摂っていなかった。さっきまでは何とも思ってなかったが、意識すると急に腹が空いてくる。
「なぁ祥太郎、朝飯どうする? 俺は昨夜に買ってきた半額弁当の余りがあるからいいけど、お前等はコンビニでも行ってなんか買ってくるか?」
「そうだね、さすがにお腹空いたし。太一君が戻ってきたら買いに行こうかな」
「んじゃ、飲み物も頼むわ。もう残り少ねぇし」
「供助君は一緒に行かないの?」
「面倒だから行かねぇ。自分の分の飯があんのに行く必要無ぇしな」
気怠そうにしながら、大きく欠伸する供助。
それに居間の掃き出し窓から見える空は天気が良くて、今日も暑くなりそうだった。
暑い中歩いて汗をかきたくないし、休日なのに疲れるのも嫌だった。たかだかコンビニまで行くだけで疲れるかと聞かれたら、そこまで疲れはしない。要はただ単に面倒臭いだけである。




