昔夢 ‐オモイデ‐ 伍
「や、お待たせ」
後方から聞こえてきた男の声に、女性は反応して振り向く。
女性の視線が外れた隙に服の袖で涙を拭き、少年も同じ方へと目をやると。そこには体格の良い、身長が百八十はありそうな男性が居た。
女性と同じく年齢は二十歳前半くらいで、ダークブラウンの短髪。
「院長さんと話をつけて来たよ」
「ん、ありがと。で、どうだった?」
「気のいいおばさんだったよ。どの子も元気で良い子だとさ。ただ……」
「ただ?」
「お化けが見えるって騒ぐ子供が一人居て、気味悪くて迷惑しているそうだ」
男性が口にした言葉を聞き、小さく肩を跳ねさせる少年。
今まで陰口を言われて一人になっていた少年は、自分の話をされると過剰に反応するようになっていた。
「大人が子供の陰口を言うなんて……最低ね」
「上っ面は愛想の良い人だったよ。上っ面は」
「自分が見るべき子供の陰口を言う上に、迫害をされていても助けずにお構い無し。程度が知れるわ」
「で、その子供は?」
「あなたが今言った、その気味悪がられている子よ」
「へぇ、この子が。本物?」
「本物よ。さっき近くに幽霊が居て、その姿がしっかり見えて声もちゃんと聞こえていたわ」
男性が膝を地面に突いて、話しながら少年の顔を覗き込む。
しかし、反応に困った少年は少し後退り、近付いて来た男性から距離を置いた。
「自分が預かっている子供の陰口を漏らす大人が言う、元気な良い子達とやらは、一人の子供を幽霊が見えるってだけで是見よがしと虐る……」
「ああ、なるほど。こんな庭の端っこに居ると思ったらそういう事か」
「ここに居る人間の誰より、この子の方がよっぽど純粋よ」
女性が言うと同時に、強い風が通り過ぎた。
ザァァァァァと、芝生の草と遠くの雑木林の木々がざわめき踊る。
空に靡く長い髪を押さえる女性の顔は。辛そうで、悔しそうで、泣きそうな。
色々な感情が混ざりに混ざって、それはとてもとても……悲しそうな表情だった。
「ここに居る人間って事は、君よりも?」
「もちろん。子供より純粋な大人なんて居ないわ」
「じゃ俺よりも?」
「あんたは論外でしょ」
「ごもっともで」
女性からの返答に苦笑して、頭をかく男性。
二人の会話は笑い混じりの慣れたもので、仲の深さが見て取れた。
「それに、この子には理解者が必要だわ。霊能力に対しての理解者と、幸せにしてあげれる大人がね」
「まだここにきて三十分も経っていないのに、もう決めたのか」
「一目惚れね。この子以外にありえないわ」
「おーおー、そりゃあ嫉妬しちゃうねぇ」
男性は地に突いていた膝を伸ばして立ち上がり、ズボンに付いた砂を叩き落とす。
「お姉さんとお兄さん、誰?」
今更ながら。遅過ぎる質問を少年がした。
時間が経って幾らかは緊張が解れたのと、二人の会話を見て人当たりが良さそうな雰囲気から。
少年はようやく自分から口を開いた。
「ちょっとここに用事があってね。遠路遥々やってきたのよ」
「用事?」
「そ。言うなら人探し、かしらね」
含み笑いを浮かべ、少年に答える女性。
「それと私達はお姉さん、お兄さんじゃないわ」
「えっ?」
女性は優しく笑って少年に手を差し伸べ。
男性は隣で柔らかな表情で少年を見やり。
「今から私達の事はこう呼びなさい――――」
光が広がり、白くなっていく視界。二人の笑顔が光に飲まれて消えていき、人も地面も空も景色も……全部。
全てが真っ白になって何も無くなったところで少年は気付く。
あぁ、これは、この記憶は。遠い昔の、とても懐かしい記憶――――思い出の、夢。
◇ ◇ ◇




