昔夢 ‐オモイデ‐ 参
――――少年は思う。
自分にとって生きている人間と、死んでいる幽霊。違いは何なのかと。
人間も幽霊も、少年には等しく見えて認識できる存在。声も聞こえれば、体に触れる事も出来る。
何が違うのか。どこが違うのか。どうやって違いを決め、判断するのか。
少年は生きている。息もしていて、血も流れている。でも、周りは少年を化物と言う。同じ生きた人間なのに、化物と呼んで忌み嫌う。
仲間外れにされ、疎外され、一人ぼっち。周りの人間から突き放されて、一人ぼっち。
――――オイデ、オイデ、オイデ。
けど、少年とは違う存在である筈の幽霊は、気味が悪くも優しく微笑んでくれる。
人間と幽霊。両方等しく見えて、触れて、声が聞こえる。違いが解らない。何が違うのか解らない。
少年を疎い嫌う人間。気味悪くも微笑んで呼び招いてくれる幽霊。だったら誰も見てくれず優しくしてくれない人間の中に居るよりも、幽霊と一緒に居た方が楽なんじゃないか。
生きた人間じゃなくても、自分を見くれるんじゃないか。ならいっそ、自分を誘う幽霊の所へ行ってしまおうと。
柵に仕切られた向こうに居る、一本の木の下――――幽霊の元。
孤独から逃げるように、周りから突き放されるように。
一人ぼっちの現実から救われたくて。少年は仕切りの柵に手を掛け、人間ではない存在の所へと――――。
「駄目よ、彼女について行ってしまっては。あれが生きたものでない事は君も気付いているでしょう?」
「――え?」
不意に掛けられた声。そして、少年は誰かに肩を掴まれて引き止められた。
少年が振り返るとそこには、いつの間にか一人の女性が立っていた。
外見からして歳は二十代前半。整った顔立ちに、少しズレた眼鏡を右手の中指で整える。
背中まで伸びた黒髪が特徴的で、風が吹くと流れるように靡くその髪を、少年は素直に綺麗だと思った。
しかし、少年にとって最も印象強かったのは眼鏡でも長い黒髪でも無い。突然現れた女性が、普通の人には見えない筈の幽霊へと目を向けていた事だった。
「去りなさい。この子に取り憑いて殺しても、お前は生き返らない」
眼鏡越しに、女性は幽霊を睨め付け。静かながらも威圧感のある口調で、眼鏡の女性はそう言った。
見えない筈の幽霊に向かって、当たり前のように言い放ったのだ。
――――オイデ、コッチニ、オイデ、オイデ。
だが、幽霊は聞かず。同じ言葉を続けて少年に手を振る。
半透明で陽炎みたく、不確かで不気味なその存在を。少年以外に見える事が無かったモノを、女性は確かに見えていた。
「去れッ! これ以上この子を惑わすなッ!」
女性から放たれる何か。
威圧とも圧迫感とも違う。風が吹いたかのように錯覚する、不可視の力。
それを少年は感じ、その凄さに一歩足を引く。
――――ギギギ、ギッ!
歯軋りのような声を吐いて、幽霊は怯えてどこかへ消えていった。
去り際、幽霊の長い髪の間から見えた顔は……とても醜く、恨み辛み憎しみを孕んだ歪みきった表情。
少年はそこで自分が助けられた事を知り、安堵と共に恐怖と寒気が一気に体を駆けた。




