第四十四話 昔夢 ‐オモイデ‐ 壱
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風が凪ぎ、草木が揺れ、頬を柔らかく撫でる。波打つように踊る芝草に、歌うように騒めく気の枝葉。
自分も混ざって一緒に踊り歌えれば、楽しいのだろうか。
青く広く、澄み渡る空。見上げれば雲一つ無くて、吸い込まれてしまいそうな晴天。
このままいっそ吸い込まれて、空に落ちてしまえばどんなに楽か。
ぽつんと――――少年は一人で思う。
木で出来た柵の前で、向こうに広がる平原と青空を見上げる。どこまでも続く緑の道と、限りなく浮かぶ青い天井。
誰も居ない世界。人っこ一人存在しない空間。存在するならそこに行きたいと少年は願う。
誰も居ない所に行ければ、きっと嫌な思いも。陰口を言われる事も。気持ち悪がられる事も。
何も無くて、誰も居なくて、何をされる事も無い。少なくとも今居る場所よりはずっと、いい場所。
――――ぼすん。
何かが当たった感触が背中にした。
痛くは無かった。柔らかな感触で、痛くはなかったけど少年は気になって振り返る。
すると、足元に薄汚れたサッカーボールが転がっていた。ぶつかってきた正体は恐らくこれだろう。拾おうと手を伸ばした、その時。
『おい、触るなよっ!』
子供が走って現れ、奪うようにボールを持っていった。見た感じ歳は五、六歳程。少年と同じくらいだろう。
少年へと向ける子供の目は、虐げるような冷たい目。自分とは違う異物へと向ける眼差し。
とても友達を見るようなものではなかった。
『お前が触ったら化物が感染るだろぉ!』
そして、逃げるように。子供は走り去っていった。
どこに? それは子供が友達と呼べる人達が待っている所に。
距離は五十メートルも離れていない。芝生広がる場所で、子供達は大人数でサッカーをしていた。
賑やかに走り回り、楽しそうに騒いで。それを少年は羨ましそうに眺め、寂しそうに目を背けた。
――――少年はいつも一人ぼっちだった。
子供達からは仲間外れにされ、友達の輪にも入れず、大人達からも気味悪がられて。
誰も話し掛けず、相手にせず。少年の事を呼ぶのはご飯の時ぐらいだけ。あとは皆が皆、無視して相手にしない。
だから、少年は空を仰ぐ。誰も居ない、何も無い。真っ青な空を。
空を見ていれば何も見えない。見ないで済む。見たくないものを目に入れなくて、済む。
少年が周りに毛嫌いされるのには、理由がある。
前からずっと、気付けばずっと。少年には人に見えぬモノが見えていた。見えるだけじゃない。聞こえ、触れる事だってある。
人成らざるモノ。人とは違う存在。かつては人だったモノ、元から人ではなかったモノ。
とても不確かで、曖昧で、不気味なそれは。自分を認識する者を好み、誘い、取り憑く。
そして今日も、少年は憑き纏われる。近づき、声を掛けられ、手招くソレは。
“幽霊”と呼ばれるものだった。




