寿司 ‐オドシ‐ 弐
てへぺろ、と舌を出してウインクする猫又。供助は口から手に持った割り箸を横に割ってしまいそうな程、強く握る。
これ程ブン殴りたいと思った妖怪は初めてだった。
「しかし、寿司が食いたい衝動は抑えられんのぅ」
「諦めて弁当を食え」
「寿司ぃ、寿司ぃ……すぅーしぃー」
「あーもう、うっせぇな。文句あるなら弁当無し……あん?」
テーブルのだらしなく突っ伏して駄々をこねる猫又。いい加減面倒だと思いながら、供助が割り箸を綺麗に真っ二つにした時だった。
テーブルに置いていた携帯電話から音楽が鳴り始め、電話の着信を知らせてきた。
「太一からか」
画面に着信相手の名前が表示され、早く出ろと音楽は鳴り続く。
「猫又、電話すっから声出すなよ」
「すぅぅぅぅぅしぃぃぃぃぃ……」
「おい、駄猫」
「聞こえておる。では静かに貧相な弁当を食すかの。はぁ、寿司……」
ようやく諦めたようで、溜め息しながら猫又は弁当の包装を解いていく。
しかし、諦めても未練はあるようで。溜め息を一つ吐いてから口先を尖らせた。
「おう、太一」
『あ、ようやく出たか供助! 何回も電話したんだぞ』
「あー悪ぃ、ちょいと立て込んでてよ。気付かなかった」
『ウンコかー?』
「ま、そんなとこだ。なかなか出が悪くて手間取ってよ」
電話の相手は、供助の数少ない気の知れた友人の一人。小学校時代の友人でもある太一。
太一の冗談に受話器越しに笑って見せて、供助は冗談で返す。その様子を、猫又は弁当を口に運びながら眺める。
供助が笑う所を見るのは別段珍しい事ではないが、いつもと少しだけ違う表情に新鮮さを感じていた。
猫又に見せるものとはちょっと違う、知らなかった供助の一面。猫又の相棒でもなく、払い屋としてでもない。学生らしい、年相応の無邪気さが混ざった笑顔。
知った一面とは別の一面。初めて見た供助の顔に、猫又は口に入れたおかずを噛むのを忘れて見ていた。
『あーわかってるって、今言うから』
「ん? 誰と話してんだ?」
『今学校帰りでさ、祥太郎も一緒なんだ』
「学校帰りって……今日は土曜で休みだよな?」
学生である供助は社会人と違い、完全週休二日制である。供助は勿論、太一も祥太郎も部活に入っていない。なのに休日である土曜日に、何故学校なんて行ったのか。
学校では大人しい優等生で通っている祥太郎なら何か用事があったのかも知れないが、供助と同じ不真面目な太一の場合、休日に学校に行くなんて一体どういう風の吹き回しか。
明日の天気は雨が降る可能性が出て来た。
『文化祭の準備だよ、文化祭の』
「うへぇ、こりゃまたご苦労なこって」
『お前は知らないだろうけど結構進行が遅れてんだよ』
「遅れてんのは知ってっけど、そんなになのか?」
『委員長が終始ピリピリしてたぜ。お前がいたら確実にイビられてたな』
「誰が休日にまで学校に行くかよ」
太一達が休みの日まで学校に行っていた理由を聞き、供助は納得する。
確かに先週の時点で進行が遅れていたし、この間のロングホームルームで委員長が切羽詰った様子でクラスメートに指示を出していた。
まぁそれでも供助は対岸の火事。同じクラスなのに、まるで他人事のように興味を持たない。
一応登校日の放課後には供助も文化祭準備の手伝いをしているが、それは与えられた仕事を最低限だけ。周りが他の仕事を手伝っていようと、供助は自分に役割りされた分を終わらせたら即帰宅。
別に間違った事をしている訳ではない。だが、文化祭準備の進行が遅れて忙しいというのに、あまりに協調性が無い供助。
それが理由で委員長とは頻繁に言い合いになっている。いや、言い合いと言うか、委員長がほぼ一方的に口撃するのだが。
対して供助は飄々と聞き流し、面倒臭そうに怠そうな態度。それが余計に委員長へと油を注ぐという展開が毎度行われている。




