仇敵 ‐キョウツウテン‐ 弐
「……供助」
「おわっ!? っと、ビックリした。居たのか」
猫又が声を掛けると、驚いて後ろを振り向いた。
足音を消して近付いていたのもあったが、拝むのに集中していた供助は猫又に気付いていなかった。
「家族の……かの?」
「……まぁ、な」
猫又が仏壇へ視線をやると、供助も再び正面を向いて答えた。
小さめで黒色の仏壇。扉は開かれ、中には位牌が置かれてある。線香立てには灰しか入ってなく、部屋に匂いが無い所を見ると線香は焚いてないようだ。
「両親のだ。俺が小学六年の時……五年前に、逝っちまった」
「そうか……若くして亡くなってしまったか」
猫又は仏壇の前で膝を突き、仏具の輪を輪棒で二回鳴らす。そして、目を瞑って手を合わせた。
部屋に響くは沈黙の静寂。鎮魂の意を込めて、静かに拝む猫又。
供助はまだ高校生という若さ。さらに五年前となると、供助の両親がまだ多くの年を重ねず他界したのは聞かずとも解る。
「ま、今更隠すつもりもねぇし、想像ついてんだろ」
十秒ほどの間を空けて。猫又が拝み終わるのを見計らい、供助は口を開いた。
猫又は手を下ろし、仏壇に置かれている写真立てを見つめる。淡い月明かりが青白く照らす写真には、優しく微笑む女性と、その女性に気恥かしそうに寄り添う男性が写っていた。
「俺の両親は……人喰いに喰われた」
供助は縁側の外へ視線を向け、夜空に浮かぶ月を見上げる。
互いに反対を向く二人は顔は見えない。供助がどんな表情をし、何を思うのか。
今すぐ振り向いて回り込めば見る事が出来るが、猫又はしない。結果が予想出来るからだ。
顔を見ても供助は本心を見せない。どうせいつもの面倒臭そうな態度で気怠そうに、しれっとした様子のまま。
そしてきっと、素直じゃない供助は……強がるのだろう。心の奥底に煮え滾った憤怒を隠し、悲しみを誤魔化す――――他人に弱さを見せないようにと。
「……そうであったか」
「薄々気付いてはいただろ」
「まぁ、の。少々古いとは言え、二階建ての一軒家に両親不在で一人暮らし。さらには人喰いを探し、異常な執着を見せていればの……想像するに容易い」
「この家は元々事故物件っだったんだとよ。幽霊が出るってんで格安で購入して、両親が祓ったらしい」
「なるほどの。まだ若い大人が一軒家を手に入れれたのには、そんな理由があったのか」
「確かに両親は二十代後半で亡くなったけど、なんで若いって解んだ?」
「供助は高校生であろう? ならば逆算してある程度の歳は予想出来る」
「……そういうもんか」
供助が月から目を離して仏壇の方へ向くと、ほぼ同時に猫又も供助へと振り返った。
暗闇の黒色と月明かりの青白さ。そして、微かに香る畳の匂い。
目が合っているのにも関わらず、二人の会話は止まって静寂が流れる。野外からの鈴虫の鳴き声が耳を撫で、無声の部屋。
先に目を逸らしたのは供助だった。小さく息を吐き、頭を掻いて。




