只今 ‐オカエリ‐ 肆
「そ、それはあれだの! 私が居なくなったら供助が寂しがるからのぅ!」
「いや別に」
「ほら、私が居なければ払い屋の仕事が大変であろう!?」
「ちょっと前までは一人でやってこれたからな。特に問題無ぇよ」
「あ、えっと、んーっと……」
猫又は足を止め、必死に理由を探す。
自分からはっきりと、それも一方的にタッグの解消を言い放った事もあり、猫又の口から解消を撤回すると言い難かった。
供助同様、猫又もまた素直じゃない面もあって。全部じゃないが、どこか似た者同士なのかもしれない。
「ったく、立ち止まってぇで早く帰るぞ。いつもの癖でお前ぇの分の弁当まで買っちまったんだ」
「……供助ぇぇぇぇ」
「鼻水垂らして泣くんじゃねぇよ」
「夕飯抜きじゃなくて良かったのぉぉぉぉぉぉぉう」
「そっちかよ!」
自分の顔を和服の袖で拭き、安堵する猫又。
安堵したのはタッグ解消の件を無かった事にしてくれた事か、それとも夕飯抜きじゃなかった事にかは解らない。
まぁ、両方……という事も考えられるが。
「でも、意外だったの」
「ん?」
「友恵の依頼を無償で受けただけでなく、手作りの魔除けまであげるとはの」
「無償じゃねぇ。報酬は前払いで貰ったろ。特にお前ぇがよ」
「ふふっ、そうであったの」
「友恵ン所に妖怪が住み着いて、また泣いて縋られたら面倒臭ぇ」
「面倒臭い、か」
「ま、それになんだ……」
丸めていた背中を少しだけ伸ばし、供助は空を仰いで。
前髪を掻き上げ、言葉を続ける。
「両親が居なくなってガキが泣いたら……寝覚めが悪ぃからな」
なんて事無い、いつも通り、普通に。供助の普段と変わらない口の悪さ。しかし、どこか雰囲気が違くて重く、影のある口調だった。
それはそうだろう。供助は幼い頃に両親を亡くし、つい最近までは実家で一人暮らしをしていた。
供助は知っている。両親の大切さを、当たり前を失くす悲しさを。
だから、供助は放っておけなかった。妖怪によって家庭を壊されそうになっていた、友恵の事を。
一人になる悲しさ、寂しさ、怖さ。それを知っているからこそ、同じ思いをさせないようにと。
自分がそんなキャラでもガラでも無い事は知っている。だからこうして、口の悪い言葉で誤魔化しているのだ。
「本当、素直じゃないの」
そんな供助を見て、猫又は優しく微笑んだ。
供助が素直じゃないのも、そういう性格だというのも。猫又は知った。今回の友恵の依頼で知ったから。
なんだかんだで放っておかず、面倒臭がりなのに面倒事を手伝い、自分に似合わない言動を隠そうと偽悪的な態度を取る。
口の悪い言葉の裏に隠された優しさがある事を、供助という人間の不器用な生き方を知って。
面白い人間も居るもんだと、好奇と好意の感情を含んだ微笑する猫又。
旅は楽しさ面白さだけになるよりも、多少のハプニング……苦労があった方が印象が強く楽しい思い出として残るという。
もしかしたら人間もまともで綺麗な性格の者より、ある程度の癖や難があった方が面白く飽きないのかも知れない。
「ようやく到着だのーぅ」
「いつもと変わらねぇ距離の筈なのに妙に疲れた」
数メートル先に見える、少し古びた二階建ての家。友恵の家と比べれば古臭さがあり、よく言えば昔馴染みの家と言うか。
だが住み慣れた供助にとっては、気が休まる大切な場所には変わりない。今までも、そしてこれからも。
あと少しで足を伸ばして座り、弁当を食べて空腹を満たす事が出来る。
供助は早く家に入ろうと心持ち足取りが早くなる――――と。
「……あ」
家はもう目の前。本当に目の前で、玄関から数歩離れた所。
猫又は何かを思い出したのか、口を開けたまま立ち止まった。
「あん? どうした猫又、ションベンか?」
「違うの! デリカシーの欠片も無いの、供助は!」
「デリカシーよか金が欲しいね。第一、妖怪に人間のデリカシーは関係ねぇだろ」
「今の台詞で供助がモテん事は分かったの」
「うっせ。で、なんだんだ? 今の『あ』は」
「ここでちょっと待っとれ」
「あぁ? 家に入って早く飯を食いてぇんだけどよ」
「なに、直ぐに済む。いいと言ったら入ってくるんだの!」
供助の家の玄関まではほんの数歩。猫又は理由を告げずに供助を待たせ、駆け足で向かってく。
と思えば、すぐに回れ右して戻ってきた。
「鍵」
「ほらよ」
差し出す猫又に、供助は家の鍵を渡す。
そして、今度こそ猫又は家の中に入っていった。
『入っていいの』
「ったく」
玄関の寂れた引き戸の向こう。家の明かりが点けられ、暗闇に慣れた供助は少しだけ目を細めた。
磨りガラス越しにボヤけた猫又の姿が見え、意味が解らず頭を掻きながら引き戸を開ける。
「猫又、一体何がしてぇん……」
「供助」
猫又は既に草鞋を脱いで家へ上がり、玄関で立っていた。
そして僅かに顔を傾け、にっこりと微笑んで。
「お帰り、だの」
懐かしい言葉。いつかの温かさ。昔の記憶が、頭に蘇る。
かつて、この家に住んでいた両親を。優しかった人達を。
頭に浮かぶ思い出に締め付けられる心臓と、緩む涙腺。
「……あぁ」
久方ぶりの感覚、昔の思い出。
自身の感情を誤魔化すように、供助は苦笑いして。
「――――ただいま」
少しだけ気恥かしそうに、我が家へと入っていった。




