迷猫 ‐マヨイネコ‐ 肆
「ッ!?」
鈴の音が、聞こえた。
いつもよりも確かに、しっかりと。
無意識に走っていた。走って、鈴の音を頼りに、供助は探した。鈴の音の元を。猫の鳴き声がした茂みを。
雨露に濡れた葉木をかき分け、びしょ濡れになりながら見付けた。草むらの中で横たわる猫を。赤い首輪を付けた、黒い猫を。
首輪の真ん中に付いた鈴が、チリンと鳴る。鳴っていた。
「……ニ、ィ」
そして、黒猫は鳴いた。無い力を振り絞るように、力無い鳴き声で。
雨に濡れて、目も閉じてぐったりとしていた。
「……猫、か? 猫、だよな」
鈴の音の正体を見て、供助は肩に入っていた力が抜けていく。
まさかと、もしかしてと。過剰に反応してしまった。幼い頃から、気付けば聞こえていた鈴の音。その正体なんじゃないかと。
自分にしか聞こえない鈴の音。他の人には聞こえないそれ。その時点で、聞こえる鈴の音は普通のものではないのが解る。
恐らく、供助の何かしらの波長に近い霊や妖怪のものではないかと横田は言っていた。
だが、今目の前に居るのはただの黒猫。霊や妖怪の類では無いのなら、供助に聞こえている鈴の音とは無関係。
それに、鈴が付いている首輪も見た感じでは何か特別な物でもなさそうだ。
「こいつ、怪我してんのか」
よく見ると、黒猫の腹部からは血が流れ出ていた。切ったかぶつけたかは知らないが、痛々しいのは見て分かる。
どうしたもんかと、供助は頭を片手で掻き毟って溜め息一つ。
猫を殺すと七代祟る。という言葉がある。
バイトではあるが供助の職業柄、こういう動物霊が結構厄介なのも知っている。
黒猫に怪我をさせたのは供助ではないが、命尽きる直前に近くにいた人が祟られるケースも珍しく無い。
理由としては、その人に殺されたと猫が勘違いするというもの。勘違いで祟られたら堪ったもんじゃないが。
まぁ供助は祟られても自分で祓えばいいだけの話。呪ってきた猫の霊なら、殴っても動物愛護団体に五月蝿く言われない。
「……ん?」
体中びしょ濡れになって、もう走って帰るのは諦めて悩んでいると。
ここで初めて気付いた。いや、感付いた、感じた。の方が正しいか。
黒猫が酷く弱っているせいか、微かに流れ出ているものに気付くのが遅れた。
供助は微かながら、弱々しくも確かに感じ取った。
「この猫……妖怪か?」
衰弱している黒猫から、微かな妖気を。
強い雨が降る秋の夜。公園の茂みに一人の人間、一匹の妖怪。
粗雑で面倒臭がり屋の男と、傷付いた妖気を放つ黒猫。
街は日常と変わらない時間が過ぎる中、ここだけが異なる時間が流れて。
くしゃりと、供助は濡れた頭に右手をやる。
「……ったく」
今宵、耳に聞こゆる音の波は。静寂を消し去る雨の音と――――。
「ボランティアは受け付けてねぇってのによ」
聞こえる人、鳴らす妖。
――――チリン。
そんな、鈴の音。