妙薬 ‐オスソワケ‐ 肆
左手の薬瓶。その中にある若草色の軟膏を見つめ、供助は答える。
この奇妙な一致。偶然と納めるは何か引っ掛かり、必然と言うには根拠が無さ過ぎる。
胸の突っ掛り、何とも言えぬ違和感。
「供助、お前はどう思うかの?」
「どう思う、か。俺がさっきから思ってんのは『早く帰って飯食いてぇ』だな」
「私は真面目に聞いてるんだの」
「俺だって真面目に答えているっつの。こちとら起きてから何も胃に入れてねぇんだ。このままじゃあ腹ぁ減って餓死しちまう」
供助はわざとらしく大きく肩を竦ませ、薬瓶をポケットに突っ込む。
何も食っていない上に、食う直前で飯をお預けされてから早数時間。いい加減に空腹の限界が来ていた。
さっさと半額弁当を買って家に帰りたい。それが供助の本心であった。
「第一、それを今考えてどうなるってんだ。白だったにしろ黒だったにしろ、どっちにしろあの祓い屋を警戒するのは変わんねぇんだろ」
「まぁそうなんだがの」
「あいつとはこっちから望んで会う事は無ぇし、向こうはこっちの連絡先も居場所も解らなねぇ。もう会わなけりゃそれで済む」
「しかし、気になるんだの……いや、気になると言うよりも、何か危険な感じがしての……」
「まぁ、お前が言いてぇ事も解らなくはねぇよ。けど、鎌鼬の事も別に俺等が何か被害に遭った訳でもねぇだろ。今も言ったが、もう会わなけりゃそれで済む話だ」
「う、む……」
供助が言う通り、七篠という男に会わなければいいだけの話。
猫又が何かを感じて何かを懸念するのも解らなくもない。が、取り越し苦労という言葉もある。
いくら警戒して、疑い、怪しもうと。別に何かされたでも被害に遭ったでも無い。尤も、現時点では、だが。
「いい加減に帰るぞ。まだうだうだ言うんなら本当に飯抜きにしちまうからな」
「よし、帰ろうかの。今すぐ帰ろうかの」
さっきまでの険しい顔も鎌鼬の薬を塗った傷の如く消え、猫又はしれっといつもの調子に戻り、先頭をきって歩き出す。
兎にも角にも、一転二転と色々な事が起きはしたが、これにて本当に一件落着。
夕方まで寝ていた供助でさえ、今日はもう疲れた。風呂に浸かって飯を食い、ゆっくりしたい。
今日は土曜で明日も休みなのが救いである。明日から月曜で、また一週間が始まるとなったら憂鬱になるだったところだ。
とりあえず供助は家に帰る前に夕飯の弁当を買うべく、行きつけのスーパーへと足を向けるのであった。




