妙薬 ‐オスソワケ‐ 参
「一体、奴は何をしに姿を見せたのかの……?」
「さぁな。俺が知るかよ」
供助は悪態をつき、猫又に返す。
他人が何を考えているかなんて誰も解らない。人間はどう頑張っても自分自身の考えている事しか解らない。
七篠という男が何を考えているかは、七篠本人だけが知っている。
「で、さっき何を渡されたのかの?」
「傷に効くっつってたから、薬か何かじゃねぇか?」
猫又は供助の隣のやってきて、気になるのか貰った小さな瓶を覗き込む。
供助は瓶の蓋を開け、中に入っている物体を人差し指で掬ってみる。
「む……匂いはあまりしないの。強いて言うならミントに似ておる。まさか、これは……」
「本当に効くのか、この薬」
「って、何してるんだの供助っ!?」
「何って薬を傷に塗ってんだろうが」
「まだはっきりと何なのか解らぬ物を簡単に使うでない!」
「おっ……? いやでも、痛みが引いて……っつうか、頭の傷口が塞がっちまったぞ?」
「なぬ? 本当かの、供助」
「見てみろよ、ほら」
供助が髪を分けて傷口があった箇所を猫又に見せると、血の跡はあったが確かに傷口は無くなっていた。
まるで元から無かったように消えた傷。猫又は見覚えのあるこの薬に、自分の記憶の中に当てはまる物があった。
「やはり、これは……」
「知ってんのか、猫又?」
「うむ。昔、何度か使った事があっての。今思い出した」
猫又は供助が持つ薬瓶の中から軟膏を人差し指で少量だけ拝借し、それを供助の腕へ塗り始めた。
「これは――――鎌鼬の妙薬だの」
すると、供助の腕にあった痣は薄くなっていき、ものの十秒程で消えてなくなった。
「おー、あっという間に痣も痛みも消えた。こりゃすげぇな」
「うむ。鎌鼬の妙薬は外傷の特効薬とも言われておる。なにせ、鎌鼬が負わせた切り傷を一瞬で治す程だからの」
「へぇ。少しとは言え、そんな良いモンをくれるたぁな」
「……」
「どした、猫又?」
「いや、の」
供助が薬瓶を掲げてまじまじと眺めると、猫又がなにやら訝しげな表情をさせているのに気付く。
顎に手を当て、目を細めて。猫又は眉間に皺寄せていた。
「前に鎌鼬を祓う依頼があったろう?」
「あぁ? あー、一週間くれぇ前だっけか。工場跡地ん所のだろ?」
「うむ。あの時も気になっておったが、ちょっと引っかかっての」
「何がだよ?」
「覚えておるだろう? 私達が祓った鎌鼬が……一匹足らんかったのを」
「言われてみれば、そいやそうだったな」
「しかも、だ。居なかった最後の一匹は……」
「薬を塗る奴、だったな」




