妙薬 ‐オスソワケ‐ 弐
「ま、吸う吸わないは個人の勝手だから別にいいんだけど」
七篠は煙を吸い、ジャケットの胸ポケットに煙草とジッポを戻す。
「さっき例の家の前を通ったら、すっかり妖気が無くなってたんでね。あんた達が少し先を歩いているのを見付けたんで、声を掛けようと思っただけだ」
「ふん。貴様とは私達は商売敵……話す事も無ければ、話し掛けるような仲でもないの」
「そう警戒すんなって。別に取って食う訳でもないんだから。まぁ、金を払うんなら話は違うけどな」
「どうだかな。貴様の言葉はどうも信用出来ん」
「金にならない事をどうしてするよ? 自意識過剰だ、妖怪ちゃん」
煙草の先端を赤く燃やし、煙を吐き出す七篠。
霊気を強める事も無ければ、敵意も見せず。本当に金を払わない限り、必要以上の仕事はしないらしい。
「どうやら妖怪は祓えたようだが……無傷とはいかなかったみだいだな」
「昔から不器用なもんで。そのせいか仕事をスマートにこなせねぇんだ」
顔に痣を作っている供助を見て、七篠は微苦笑する。そんな七篠に供助は、自虐を含んだ返事をして鼻で笑った。
少なくとも楽勝でなかった事は見て解る。
「はぁ、なんだかなぁ……同業者として仲良くなっておきたいところだが、どうもそんな雰囲気じゃあないらしい」
「俺は払い屋で、あんたは祓い屋。基本的なトコは同じでも、根本的な部分は別だ。それに、仲良くなる理由がねぇ」
「まだまだだな、少年。世の中、何事も情報は大切だ。人脈を作っておくに越した事はないぞ? どこから仕事の話が入ってくるか解らないからなぁ」
「情報が重要だってのには同意見だ。だが、あんたとの人脈を作る気は俺にゃ無ぇよ」
「んー、残念無念、また来週」
七篠は大きく煙草を吸って、がっくりと肩を落として煙を吐く。
商売敵である供助にまで人脈を作り、仕事を募集する節操の無さから金銭第一っぷりがよく解る。
金さえ払えば何でも除霊し、仕事さえ貰えれば誰でも構わず。祓い屋の鏡と言えるかも知れない。
「ま、いいか。ほれ、少年。受け取れ」
「あん?」
いつの間に手に持っていたのか、七篠は小さな瓶を供助へと投げ渡した。
供助が受け取って中を覗いてみると、若草色のヨーグルトみたいな物体が入っていた。
「なんだ、これ?」
「怪我をしているみたいなんでな、些細な贈り物だ。傷によく効くぞ」
「なんか裏があるとしか思えねぇのは……俺の性格が悪いからか?」
「いんや、そう思うのは当然だろ。ま、御近付きの印みたいなもんだ。俺はまだ予備があるからやる」
供助が受け取る理由が無いと投げ返そうとするも、七篠は既に背を向けて軽く手を振っていた。
「何か仕事があったら、前にやった名刺の電話番号によろしくー」
プカプカと煙草の煙を口から出して、七篠は供助達とは真逆の道を歩いて行った。
一体何をしたいのか、何をしに来たのか、何が目的なのか。唯一解る事と言ったら、七篠という男は金欲が深いという事だけ。
最後に言った言葉も、とても商売敵に向かって言うようなものでは無い。
供助と猫又が目を離さずに七篠を見つめる事、十数秒。黒い服装が街の暗闇へと溶け込むように――――消えていった。




