迷猫 ‐マヨイネコ‐ 参
供助は公園へと足を向けて、背中越しでリョーコに小さく手を振る。
その後ろ姿を微笑みながら見送ってから、リョーコも夜の散歩を続けようと別の道を歩き出した。実際は浮いているので、歩いていると言っていいのか分からないが。
てくてくと歩く公園内は、誰一人居ない。自分自身も数に数えていいのなら、供助が一人。
供助は駅前まで買い物に行く時にはこの公園をよく通っていて、中をぶった切ればかなり近道になる。
リョーコと話をしていたので、今の時間は夜の十時になるかならないか。
当然ながら子供なんて居る訳がない。居るとしたら、とても特別な家庭事情がある子供くらいだろう。
昼間なら子供がよく遊んでいるし、子供連れの主婦の井戸端会議の場でもある。
供助も昔、よくこの公園を駆け回って遊んでいた。今ではそれも、もう何年も前の記憶。
その頃は同じ小学校の友達と遊んでいたが、両親が亡くなってから母方の祖父母に引き取られた供助は、別の地域の学校に通っていた。
小学校から中学校へは殆んど同じ友達が残っているが、高校となると話は別だ。将来の事を考えて離れた学校に通う人も少なくない。
中学校時代は地元である五日折市を離れ、数年振りに戻ってきた供助だったが、自身が通う高校にはかつての友達は殆んど居なかった。
片手で数えられる位は居たが、やはり数年という時間の隙間は大きいらしく。再び遊んだり話したりする仲にまではならなかった。
まぁ、そんなものかと。長く会っていなければ仲も薄れるものなんだと、供助は特に何も感じずそう思っただけで終わった。
細かい事は気にせず、別段一人になる事を何とも思わない供助には何も問題は無かった。
……のだが、小学の時に特に仲が良かった太一が同じクラスに居て、中学の時に仲が良かった翔太郎が別クラスだが同じ高校に進学したのもあって、孤独なぼっち生活をせずに済んでいる。
「あぁ?」
頬に何か、小さなものが当たった感触。まさかと思いながら、供助は空を見上げる。
頬の次は鼻、額と、ぽつぽつと落ちてくる水滴。
言うまでもなく、雨が降ってきた。
「ちっ、リョーコと無駄話したせいで降ってきちまったじゃねぇか」
供助は悪態をついて、舌打ちする。
そんな事をしている間にも雨はどんどん強さを増して、地面の土は一気に色を変えていく。
「面倒臭ぇけど走って帰るか」
家までの距離は遠くもないが近くもない。
しかし、この雨の強さでは歩いて帰ればずぶ濡れになるのは確定している。
まだ暑い日があるが、もう九月。季節の変わり目は体調を崩しやすい。
馬鹿は風邪をひかないと言うが、それが本当なら供助も急いで帰ろうとはしない。
だが、迷信は迷信。馬鹿でもやはり風邪をひく。
中身が濡れないように弁当が入ったスーパーの袋の口を結ぶ。走って中身が多少ごちゃ混ぜになるかもしれないが、味が変わらなければ問題ない。
見た目よりもちゃんと食えて腹が膨れればそれでいい。基本、供助はそういう考えである。
公園の出口に差し掛かり、走る準備も出来て足に力を込めて全力疾走。
「ニャ、アァ……」
――――を、しようとした時だった。
強い雨の音の中に紛れて、どこからか弱々しい鳴き声か聞こえてきた。
確かめるまでもなく、鳴き声からして猫だろう。
供助は鳴き声がした方向を向くも、猫の姿は見当たらない。茂みだけがある。
子供や情のある大人ならば鳴き声を元に猫を探し出したりするんだろう……が。
「面倒臭ぇ事やボランティアは嫌いなんでね。運が良けりゃ誰かが拾ってくれるだろ」
運が悪い場合は……言うまでもない。このまま雨に打たれて冷たくなるだけ。
供助は鳴き声を聞いただけで猫を探しはせず、濡れた前髪を掻き上げる。
猫に対する同情も、見捨てる罪悪感も。供助は何も感じず思わず。考えるのは自分自身の事だけ。早く帰ろう。
まぁ鶴ならず。猫の恩返しでもしてくれるなら考えてもいいが、なんて。
供助は自分が思った事のくだらなさを鼻で笑う……と。
――――チリン。