倒敵 ‐トドメ‐ 弐
「いいのか? 結構レア物なんだろ?」
「構わん。希少品とは言え、あんな汚く臭い物……二度と被りたくないの」
余り大きくなくて猫状態の猫又にしか使えそうにないが、姿だけでなく妖気も隠せる優れ物。滅多に拝める事も無ければ手に入れる事も難しい。
だが、そんな一品をもう使いたくはないと、猫又は自ら捨てた。
児亡き爺の格好も醜く汚れ、第一印象でも不潔というイメージが強かった。それだけ汚く、臭かったのだろう。
「ひ、っひ……」
小さく、掠れた児亡き爺の笑い声。篝火の炎は全身に燃え移り、火達磨の状態。
暗い公園の中、めらめらと赤く燃えて炎を揺らす。
そして、死に際の児亡き爺が言った言葉は。
「鈴の音に誘われ、この街に来た、のが……失敗、じゃった……」
供助が耳を一瞬疑うような、予想だにしていなかったものだった。
「――ッ! てめぇ、今なんっつった!? 鈴の音っつったか!?」
「っひ……っひ、こんな事に、なる、の、なら……好奇心に身を任せるで、なかった、わ……ひっひ」
「おいっ! 答えろ糞爺ッ!」
顔も表情も見えず、燃える炎の中から聞こえる枯れた声。
耳はもう聞こえていなかったのか、供助の問いに答える事は無く。
炎に混ざって天に昇るのは、煙とは別の白い蒸気。
「……」
返事はもう無い。あるのは燃え盛る児亡き爺の亡骸だけ。
静寂の空間に、パチパチと炎が弾ける音だけが返って来る。
「……チッ、くそッ!」
予想していなかったところで出て来た、“鈴の音”という言葉。
供助が幼い頃から聞いているのと同じモノなのか、はたまた関係の無い全く別のモノか。それを確かめる術は、もう無い。
唯一手掛かりを持っていたかもしれない児亡き爺は、既に息絶えている。
ようやく見付けた鈴音の手掛かりを逃した事に、苛立ちと悔しみ、口惜しさを感じ。供助は悪態をつかずにはいられなかった。
「猫又お姉ちゃん、供助お兄ちゃん……妖怪は倒したの?」
供助達から少し離れた場所で、倒れる父親の傍ら。
友恵は父親の手を握り、二人に声を掛ける。
「うむ。友恵の家族を苦しめていた妖怪はもう居なくなったの」
にっこりと優しく微笑んで。
少し心配そうに聞いてくる友恵に、猫又はそう答えた。
「お母さんは大丈夫なのっ!?」
「うむ。友恵の母親も父親と同様、眠っているだけだの」
「よかった……」
猫又が抱えている友恵の母親を見せると、友恵は安堵して胸を撫で下ろす。
妖怪達の驚異が消え去って顔が綻ぶ友恵。しかし、猫又の隣では、強ばった表情で歯を噛み締める供助が居た。
「……供助」
初めて見る供助が悔しがり、激しい感情を表に現す姿。
新鮮さを感じるもそれ以上に、猫又はその様子が気に掛かった。
名前を呼ぶも、返事は無く。供助は一度顔を俯かせて、ほんの数秒。
「……帰るか。腹ぁ、減ったしな」
再び顔を上げた供助は前髪を掻き上げ。
気怠そうな態度で、いつもの調子に戻っていた。




