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    迷猫 ‐マヨイネコ‐ 弐

 そう、彼女はもう死んでいた。生きた人間ではなく、いわゆる幽霊としてこの世に存在している。

 普通の人には見える事も無く、触れられる事も無く、認識される事もなく。ずっと浮遊霊として存在してきた。

 だが、ある日。自分をはっきりと認識し、触れる事が出来る人間が現れた。それが供助だった。

 リョーコにとって幽霊になってから自分に気付いてくれた人は初めてで、人と話すのは久しぶりで。凄く嬉しかったのを今でも覚えている。


「ったく、いっつもフラフラ歩き回って……さっさと成仏しろよ」

「そんな事言われてもねぇ……気付いたら浮遊霊になってて、なんでこの世に残ってるのかも分からないし」

「なんか未練でもあんじゃねぇのか?」

「いやー、特にないなぁ。あ、結婚したかったってのはあるかも」

「あー、じゃあ一生成仏できねぇな」

「ちょっと、それどういう意味よ?」


 供助は払い屋のバイトをしていて、妖怪はもちろん幽霊も祓う対象となっている。

 バイトをやり始めて一年以上。供助も今までに何度も幽霊の類をはらった経験がある。

 幽霊と言っても様々。悪霊、怨霊、生霊、地縛霊、動物霊、守護霊、精霊、神霊、地霊……種類は多く、位も違うなら力も違う。

 だが、供助が祓うのはあくまで危害を生み、被害を加える妖怪や幽霊に対してのみ。

 彼女のように何もしないで人畜無害な幽霊は祓う対象からは外れている。さらに言うなら、バイト以外で祓うのは金にならないので極力受け付けていない。

 で、一番の理由が面倒臭い。


「それにね、私の方がお姉さんなんだから敬語使いなさいよ、敬語」

「浮遊霊になってからどんくらいだっけ?」

「んーと、もう三十年位にはなるかな?」

「お姉さんじゃなくてババアじゃねぇか」

「誰がババアだってぇ!? 実年齢よりもビジュアルが重要でしょ、ビジュアルが!」

「あいだだだだだだっ!」


 供助の頭に右手を回し、ヘッドロックをかけるリョーコ。

 リョーコの方が小さく身長差があっても、幽霊なので浮けば何の問題もない。

 霊感が強ければ霊を見て触る事が出来る反面、霊から触れられる事も可能となる。

 霊感が弱い人よりも霊感が強い人の方が霊障に合う事が多い。霊や妖怪を祓う力がある反面、このようなデメリットもあったりする。


「なんだかんだでこの生活も気に入っているからねぇ。今ではこうして話し相手もいるし」

「付き合わされる方の身にもなれっての。それに、もう死んでるのに“生活”たぁ面白い事言うじゃねぇか」

「じゃあまさに死活問題ってね」

「足が無い幽霊に座布団は必要ねぇだろ」

「失礼な。幽霊でも足はありますぅ! 座布団は使えないけど。いつの時代よ、足が無い幽霊なんて」


 ヘッドロックをかけられて痛む額を摩り、供助は横目でリョーコを見やる。

 人には見えない幽霊のリョーコと話をしている供助は、周りから見たらブツクサと独り言を言っている変人にしか見えないだろう。

 だが、今は周りに人気は無い。一応ではあるが、供助はリョーコと話す時は辺りに人がいないか確かめていた。

 いつも怠そうにして面倒臭がりやだが、それなりに気を配っている。供助としても、誰かに一人で話している所を見られて可哀想な人扱いされるのは避けたい。


「でもま、成仏したくなった時には供助に頼むし」

「俺ぁ面倒な事や金にならねぇボランティアは受け付けてねぇんだよ」

「じゃあ料金の代わりにお姉さんがキスしてあげよう!」

「いらねぇ。してきたら浮遊霊じゃなく悪霊とみなすからな」

「あたしの接吻はそんなに禍々しいか!? こんな美人のキスなんてプライスレスなんだぞ!」

「だから言っただろ、金にならねぇモンは受け付けてねぇんだよ」


 眠気が頂点に来たのか、供助は辟易へきえきとした態度をリョーコに取りながら大きな欠伸。

 少しでも眠気を紛らわそうと、がしがしと頭を掻く。


「ホント可愛げないわねぇ、供助って。さ、あたしは散歩の続きでもしよ。雲行きも怪しいし、早く帰った方がいいわよ」

「あんたが呼び止めたんだろうが。第一、雨が降りそうなのに散歩なんかすんなよ」

「雨の中の散歩ってのもオツなもんよ? あたしは幽霊だから濡れないけど」

「俺は生きた人間なんでね、雨に濡れて風邪引きたくないんで帰る」

「何言ってんの、風邪を引かない馬鹿の癖に」

「って事は、お前も馬鹿だったんだな。風邪引かねぇし」

「あたしは幽霊だからよ!」


 こんな風に言い合ってはいるが、供助にとっては横田以外で霊や妖怪の話を出来る唯一の相手でもある。

 リョーコの性格がこんなのもあって、今じゃ気心の知れた仲になった。


「んじゃな、夜の散歩も程々にしとけよ」

「あんたも惣菜や弁当は程々にね」

「うっせ。余計なお世話だ」


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