静怒 ‐シズカナイカリ‐ 弐
「ひっひっひっ! 出来んよなぁ!? 小娘とその親を助けに来て、助ける為に傷付ければ本末転倒じゃからなぁぁぁぁ?」
「貴様、どこまで嫌がらせをすれば……っ!」
「タダでは死なん! ひっひ、あの世への駄賃は小娘の悲鳴ではなく、貴様等が困り果てる顔で我慢してやるわい!」
どこまでも邪魔をする児亡き爺に、猫又は苛立ちを隠せない。
そして、児亡き爺の人を嘲る態度が、さらに苛立ちを煽る。
「お、お母さん……! お母さんを返してよ!」
「ギギぎぃギィ! 愉快ユカイ! 人間が悲シミ泣く姿はヤハリいい!」
真っ暗返しと友恵母親の声が重なり。体を乗っ取られた友恵の母親は、真っ暗返しの言葉をそのまま連ねていく。
手も足も出せまいと、何も出来ないだろうと。面白おかしいと嘲笑う、真っ暗返しが操る友恵の母親――――の、頭を。
「何笑ってやがんだ、あぁ?」
「ギィッ!?」
供助が後ろから、右手でがっちりと鷲掴みする。
猫又のように一足飛びで素早く距離を詰めたでも、急いで走ったでもない。背中を丸めてゆっくりと、いつもの調子で気怠そうに歩いて。別段、特別な事などやっていない。
児亡き爺や真っ暗返しが気付かなかったのは、ただ単に猫又や友恵に気を取られていただけ。
「小僧、真っ暗返しを祓うものなら小娘の親を攻撃する事になる……いいのかな? いっひっひ」
「関係無ぇな」
「っひ……?」
児亡き爺の言葉に耳も貸さず。
供助は一言で一蹴した。
「供助、何を言っておるっ! 真っ暗返しに攻撃すれば、友恵の母親も怪我を……」
「言ったろ。関係無ぇ」
猫又が止めようとするも、供助は猫又の言葉すら耳に入れず。
児亡き爺同様、一言で払い除けた。
「何も殴るだけが全てじゃねぇ。殴れるって事ぁ、触れるってぇ事だ。触れさえ出来れば十分」
友恵の母親の後頭部を掴む右手に、供助は力を入れる。
同時に、掌に霊力を流し込み、集中させ。友恵の母親の頭とは別の、他のモノを掴んだ感触を確かめて。
「殴らなくても、引っペがしゃあいいだけの話だ――――!」
一気に、その腕を引く。
電気が走ったような、大きく手を叩いたような。言い表すなら、バチンッ! そんな感じの音だった。
「猫又」
「うむ。任せろ」
供助が名を呼ぶと、猫又は再び人型に身を変える。そして、真っ暗返しから解放された友恵の母親を抱きかかえた。
友恵の父親と同じで意識は無く、猫又が居なかったらそのまま地面に倒れていただろう。
「よう、また会ったな」
ボーリングの球を持つように、供助は頭を掴んだ真っ暗返しを目線の高さまで持ち上げる。
手足をジタバタさせ、頭を握り締められる痛みに悶絶する真っ暗返し。
供助の掌から強力な霊気を流され、さらには自前の握力によるアイアンクロー。その痛みは、万力に頭を挟むのと同意。
「最後に言いてぇ事があるなら言ってもいいぜ」
「ギギギィ! キサ――――」
そして、供助に目を向けた瞬間。
「聞く気は無ぇけどな」
「――――げピュッ」
言葉を待たず。粉砕される頭部。血、肉片、目玉、毛髪。真っ暗返しだった肉の欠片が飛び散った。
まるでリンゴのように、ぐしゃりと握り潰されて。そして、生々しい音を立てて地面に転がる……首がなくなった真っ暗返しの体躯。




