隠蓑 ‐タネアカシ‐ 肆
「おい」
「っひ……?」
「糞爺、てめぇ麻雀って知ってるか?」
「小僧、何を……」
不意に声を掛けるは、供助。
一体何を考え、何を思い、何をしたいのか。子泣き爺が凶器を手にし、後は振り下ろすだけで一大事になるこの状況だというのに。
供助は焦りも慌てもしないで、麻雀という全く関係の無い単語を出してきた。
「色々と面白いルールがあってよ。その一つに、敵が捨てた手札を拾って自分のモンに出来ちまうってのがあんだ」
「時間稼ぎのつもりかっ! 残念じゃが、その手は喰わん!」
鈍く光る切っ先を向けるは友恵の母親、その首筋。
刃渡りも小さく、切れ味も優れているとは言難い果物ナイフでも。人間の首筋にある動脈を切り付ける事は容易である。
そこを切ってしまえば僅かな傷でも簡単に致命傷になってしまう。
児亡き爺が逆手に持った果物ナイフが、友恵の母親を――――。
「ひーっひっひ――――っひゃ?」
感じる異変。気付く違和感。
児亡き爺は笑いを止め、見た。見回した。自身の周りを、公園の中を。
頼りない外灯の明かり、誰も使っていない遊具、未だ舞い上がる砂煙。
「小僧、答えろ! どこへ行った……どこに消えた!?」
どこにも見当たらず、今も見付からず。
いや、それだけでは無い。見えず消えたのは……姿形だけでは、無かった。
「――――あの獣娘はッ!?」
姿はおろか、影も、臭いも――――妖気も。
この公園という空間に居た筈の猫又という存在そのものが、消えて無くなっていた。
供助は答えず。児亡き爺に返すは不敵な笑みだけ。
そして、児亡き爺の目前に前触れも予兆も無く。
「ぎにゃあっ!」
突如現れた、それは。
闇に溶けるような黒い毛色毛並に、黒一色の中に目立つ黄色い瞳。
眉間に皺寄せ物凄い形相で、大きく開いた口から見える鋭い牙が――――子泣き爺の腕を屠る。




