隠蓑 ‐タネアカシ‐ 参
「それに物を返せと言える立場か?」
「なんじゃと、小僧?」
「攻め手も無ぇ逃げ場も無ぇ。もう詰んでんだよ。てめぇらは」
空いた両手。供助は右手で握り拳を作り、左手に打ち込む。
公園に響く、小気味の良い音。
猫又が一歩前に出て、冷たい目を向けて口を開く。
「気付いておらんのか? 貴様等の絶望的な立場にの」
「ひっひ、何を言う。儂らはまだ……」
「友恵の母親を盾に逃げるかの? まぁ取り憑いたまま逃げようと友恵の母親を捨てて逃げようと、どちらにしろ私の足の方が速い。隠れ蓑を失った以上、貴様等が逃げ切るどころかこの公園から出る手段は既に無いの」
「ぬ、ぐ……」
「奇襲も出来なくなり、正体も明らかになり、手札も殆んど失った。貴様等にはもう生き延びる術は無いの」
「ぐっ……ならば、この人間がどうなってもいいのかっ!? 人間を殺すなど容易い……」
「阿呆が。生きているから人質の意味があるというのに、それを殺せば自分の首を締めるだけだの。尤も、貴様らが自分で首を締める前に私が息の根を止めるがの」
圧倒的不利な立場になっても尚、卑劣下劣な児亡き爺を、猫又は刃のように鋭い目で睨み付ける。
児亡き爺の怒りを買う言動に猫又の腹中は煮え滾り、怒りのボルテージは最高潮まで来ている。
「っひ、ひっひっひっひ! 獣娘、儂らが逃げ延びる為にこの人間は生かすと踏んでおるのだろうが、その気になれば……」
――――ズズンッ!
そんな、轟音。地響きとも、地鳴りとも、地震とも違う。
地面が僅かに揺れ、風が起こり、砂煙が舞う。
「きゃっ! な、何が起きたの……?」
余りの大きな音と突然の衝撃。
友恵は驚愕して短い悲鳴を上げた。
「その気になれば……なんだの?」
「っひ……!?」
舞い上がる砂煙が落ち着く前に、児亡き爺はそれを目にした。
組んでいた筈の腕を解き、大きく横に払う猫又の右腕。
まるで建設機械を使ったかのように、猫又の足元が横に数メートルも抉られている地面。児亡き爺は友恵よりも短い悲鳴を上げ、表情は青ざめ身震いする。
友恵の両親に取り憑き、隠れ蓑を隠し手として取っていた時は強気だった児亡き爺も。
こうして手札が無くなり猫又の力を目の当たりにして、ようやく自身の余命が短い事を悟った。
「ひっ、ひっ……確かに貴様らの言う通りのようじゃ……」
勢いの無い引き笑いに、引きつった表情。
勝ち目無し、逃げ場無し、命無し。絶望的状況に児亡き爺もとうとう、諦めの色を見せた。




