合流 ‐キズダラケ‐ 参
児亡き爺の叫びに追い込まれるように。
真っ暗返しは猫又に片手を掴まれた状態で、行動を起こした。
「ギィッ!」
「ぬっ!?」
猫又に掴まれているのとは別の片手を、包丁から手を離し。
真っ暗返しに操られた友恵の母親は、肩に掛けていたトートバックを猫又へと投げ飛ばした。
「ふん、イタチの最後っ屁かの」
当然、それが当たる事は無く。猫又は上半身を軽く捻るだけの最小の動きで、難なくトートバックを躱した。
だが、真っ暗返しの狙いはバックを当てる事ではなかった。
一瞬、ほんの一瞬で良かった。猫又の意識を別の何かに逸らす事さえ出来れば。
「む?」
猫又が飛んできたトートバックを躱し、視線を友恵の母親へと戻すと。自分が掴んでいる友恵の母親の右手首。いや、正しくは右手。
ついさっきまで握り持っていた筈の包丁が……無くなっていた。
猫又は即座に消えた包丁の行方を探す。
「ギィ……!」
そして、一秒足らず。
猫又が再び包丁を視認した先は、友恵の母親の左手だった。
先程トートバックを投げて猫又の意識が逸れた隙に、真っ暗返しは右手から左手に出刃包丁を持ち替えていたのだ。
「ふん、持ち替えたところで……」
友恵の母親は振りかぶり、再び凶器を光らせる。
だが、猫又に危機感は無い。理由は簡単、危機でも危険でないからだ。
右手は友恵の母親の右手首を掴み、左手は児亡き爺の支配から逃れ、意識が無い友恵の父親を抱えている。
それでも猫又には問題ではなく、この状態でも余裕で攻撃を躱せる。
それに、攻撃してきた所をまた掴めばいい。そして、刃物を奪えば今度こそ奴は詰みになる。
「ギィッ!」
「何ッ!?」
しかし、次に友恵の母親が起こした行動。それは猫又の予想を裏切るものだった。
確かに猫又は接近状態でも攻撃を躱せて、問題は無かった。けどそれは、猫又が攻撃対象であった場合は、だ。
真っ暗返しが、友恵の母親の刃物が狙った先は――――猫又が抱える、友恵の父親だった。
「く……っ!」
攻撃してきた腕をまた掴み、刃物を奪えばいい。そう思い、そう考え、そうする筈だった。
だが、それはあくまで友恵の母親が切り掛かって来た場合を想定したもの。
真っ暗返しが取った行動は、猫又の考えを全てを無にした。
「……して、やられたの」




