児亡 ‐コナキ‐ 参
児亡き爺の非道さ、外道さ。余りの性根の腐り具合に、猫又は視界に入れるのも嫌になる。
だが、まだある。児亡き爺の卑劣さは、まだあるのだ。
それを教えようと猫又は、さらに嫌悪感を表し……口を開く。
「そして最後には、取り憑いた者の手で……その子供の命を奪う」
道端に転がる汚物でも見るかのような、侮蔑の視線を児亡き爺へと向ける。
全て気に入らず、気持ち悪い。
「ひっひっひっひ。その通りじゃ、獣娘。なかなか博識ではないか」
猫又の嫌悪感をさらに煽り、逆撫でる笑い声。笑い方。笑い顔。
児亡き爺は顔を強ばせる猫又を対して、面白がりわざと笑って見せた。
「ひっひ、ひっひひ……子供の泣き叫ぶ姿は堪らん」
口を開き、顔の皺を強調し、肩を揺らして、下卑た声で不快を撒き散らす。
生き生きし、嬉々とし。児亡き爺は言葉を続ける。
「自分が愛す者が変わっていき、暴力と暴言を振るい吐く。その様子を見て怯え、不安がり、嘆き悲しむ……あれは最高じゃあ。それはもう絶頂してしまうくらいに」
今までに自分が取り憑き、不幸に陥れたを思い出し、思い返し。
記憶に残る甘美な味を反芻する醜き老人。
「特に親の手で首を絞められる子供の顔っ! 解るかっ!? 失意と悲観に歪む子供の顔がっ! 白目になり泡を吹き、汚物を垂れ流す姿がっ! あれは本当に堪らん、堪らんのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ」
「解らん。解りたくもないの」
「なんで、どうして、ごめんなさい、いい子にするから、許して。泣いて謝り、愛す者に殺される絶望に打ち拉がれる少年少女……親に首を絞められる子供の目は、どんな高級な美酒にも代え難い」
「……下劣卑劣極まっておるの。吐き気がする」
性格の悪さと趣味の悪さ。そして、気持ち悪さ。
不快、不愉快、不機嫌、忌々しさ、疎ましさ、苛立たしさ、腹立たしさ、鬱陶しさ。
猫又は自分が感じる感情をそのまま、率直な感想を吐き出した。吐き気がする……と。
しかし、その様子、反応、態度。それが好ましく、すこぶる気分が良いと。児亡き爺は満面の笑みを零し、涎を垂らす。
「余りの快楽極楽さに、絶頂してしまう程じゃあよ。んひっひっひっひっひっひゃ!」
品性の欠片も無い、野卑な言葉使い。
姿格好、性格仕草。全てが、全部が。
嫌らしく、汚らしく、気持ち悪い。
「猫又お姉ちゃん。ぜっちょうって……なぁに?」
「う、む……なんと言うか、その、最高に好きという意味だの」
多少はぐらかして教える猫又。いつかは知るであろう言葉ではあるが、小学生の友恵にはまだ早い。
純粋な気持ちで聞いてきた友恵には悪い気がしたが、児亡き爺が言った絶頂の意味を教えるのはもっと悪い気がした。教育的に。
「そこの小娘の絶望した顔を見る為に、この二週間ずっと手を掛けてきたのじゃ。返してもらうぞ、獣娘」
「ギィギィギィ! 返セ、返セ返セ返セッ!」
友恵の両親。二人に取り憑く二匹の妖怪――――児亡き爺と、真っ暗返し。
二匹が喋ると同時に放たれる妖気。対して、猫又も迎え討たんと妖気を纏い、構える。
双方が睨み合い、敵対し、妖気がぶつかり合う。
残暑の蒸し暑さから出る汗とは別の、言い様のない嫌な汗がべっとりと。
友恵の背中に滲み出て、服が張り付く。
「んひっひっひっひっひっひゃ!」
「ギィギィギィギィギィギィッ!」
卑しく、嫌らしく、忌々しい。
開戦を告げるのは砲撃や鐘など格好のいい物ではなく。
気味悪く気持ち悪い、二匹の妖怪による笑い声だった。




