児亡 ‐コナキ‐ 弐
姿形、大きさ、見た目。それらが子泣き爺と酷似している。
しかし、違う。似ていても根本は違う。それを猫又は知り、理解し、気付いていた。
自分を子泣き爺と名乗る妖怪の言葉が……虚言であると。
「そもそも子泣き爺という妖怪は伝承上で言い伝わっておるだけで、実際は存在しない架空の妖怪だからのぅ」
「存在、しない? 子泣き爺って妖怪は居ないの?」
「うむ。あくまで子泣き爺は空想の妖怪だの。今も昔も、この世に存在した事も姿を現した事もない」
「じゃあ、あの妖怪は……お父さんに取り憑いている妖怪はなんなの?」
「あぁ。あの妖怪はの」
猫又から発せられた予想外の言葉。
なら今、目の前に居て、父親に憑く汚らしい妖怪は誰なのか。何なのかと。友恵には当然の疑問が頭に浮かぶ。
猫又はその問いに答えるべく、子泣き爺の正体を――――続きの言葉を連ねる。
「――――“児亡き爺”と言う妖怪だの」
一呼吸の間を空け、猫又の口から出たその名。発音は似ても、字が異なる妖名。
猫又は子泣き爺改め、児亡き爺を見据え答えた。
「……っひ、ひっひ、んひっひっひっひっひゃ!」
児亡き爺の引き笑い。
友恵を困らせ悲しませている時とはまた別の、嬉々とした感情。
「いやはや、まさか儂の正体を知っておるとは意外意外」
「知識や知恵はあって困るものではないからの。猫又と思い侮るでない」
「その通り、儂は子泣き爺ではなく児亡き爺じゃ。ひっひっひっひ」
卑しく笑う児亡き爺に対し、猫又は鋭く睨みつけて返す。
湿度が高くじめっとする今夜。空気と一緒に、児亡き爺の声が耳に纏わり付く。
「猫又のお姉ちゃん、あの妖怪が児亡き爺って……どういうこと?」
「あれは子泣き爺ではなく、児亡き爺という全く別の妖怪だの」
「まったく別……?」
「うむ。奴は幼い子供を狙い、色んな手を用いて対象を悲痛な目に遭わせる妖怪での」
「そいつも幸せな人を不幸にさせる妖怪なんだね」
「いや、奴は幸せか不幸せかなど関係無い。相手が子供であれば誰でもいいんだの。子泣き爺と名の発音は殆んど似ておるが、奴は児亡き爺。『じ』が一つ少ない。一『じ』無し、または一字無し。つまり……一児亡し。取り憑くと子供が一人死ぬと言われておる」
友恵に答えながら、猫又は児亡き爺へと嫌悪感を曝け出す。
同じ妖怪と言えど、同じ妖怪とは思われたくない。それ程、腹立たしく、苛立たしく、気持ち悪い。
「でも、児亡き爺が取り憑いているのは私のお父さんだよ……? なんで子供を狙うのに、私に取り憑いていないの?」
「それは奴が、一番効果的な方法で子供を苦しめるのが好きだからだの」
「こうかてき?」
「うむ。奴は標的とした子供本人に憑くよりも子供が愛す者に取り憑き、その者の手によって苦しめる事が最上の苦痛と知っておる」
「だから、私じゃなくてお父さんに……」
「友恵の父親に取り憑き、両親を不仲にする事で喜び楽しんでいたのだろうの」




