第三十一話 児亡 ‐コナキ‐ 壱
「立つんだの、友恵。言ったであろう? 泣けば奴が喜ぶだけだと」
「でも……供助お兄ちゃんが」
「心を強く持つんだの。両親を助けるのだろう?」
歯垢がこびり付く汚らしい歯茎を見せ、嘲笑う子泣き爺。
涎を垂らし笑うその姿顔は、苛立ちだけを大きくさせる。
「それに、供助がやられたという証拠も確証も無い。奴の言葉を信じて泣き喚けば、喜ぶのは向こうだけだの」
「……うん! 供助お兄ちゃんはこんな汚い妖怪に負けたりしないもん!」
友恵は曲げて地に着いていた膝を伸ばし、涙を拭って立ち。
妖怪の思い通りにはならないと、強い意志を持って顔を上げた。
「ひっひっひひ、この可愛らしい姿を汚い妖怪と言うか」
「全然可愛くないよ! あと汚いだけじゃなくて臭そう!」
「小娘が粋がりおって……情けなく泣き怯えてればいいものを」
「私はもう泣かないよ! それに、猫の姿になった猫又お姉ちゃんの方がずっと可愛いもんね!」
「うむ、全くだの。その醜さを可愛いと申すなど美的感覚がおかしいのではないのか?」
「こ、の……小娘と獣娘が調子こきおって! この子泣き爺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやるわい」
先程まで嫌らしく笑っていた子泣き爺は、馬鹿にされたのと猫又の挑発に不揃いな歯を噛み締める。
所々抜けた前歯。歯を噛むと隙間を作り、それが醜さをさらに強調させる。
「え、子泣き爺? 子泣き爺って、アニメで有名なあの子泣き爺?」
「ひっひっひ、その通り、あの有名で可愛い子泣き爺じゃ。さすがに小娘も知っておったようじゃな」
「でも、有名なのはそうだけど……アニメでも子泣き爺は可愛くなかったよ」
「そうかの? まだアニメの方がまだ可愛いと思うがの。醜いのは変わらんが」
「あっ、そうだね。こっちの方が不細工だ」
猫又はさらに子泣き爺を挑発し、友恵はそれにケラケラと笑う。
今のが挑発という事には気付かず、ただ純粋にそう思って笑ったのだろう。
「ギィギィギィギィ!」
「貴様も笑うんじゃない、真っ暗返し!」
会話を聞いていた真っ暗返しも、腹を抱える。
それに子泣き爺は腹を立てるが、真っ暗返しは気にせずに笑い続けた。
「ふん。第一、何が可愛い子泣き爺だの。貴様のような捻くれて性根が腐った妖怪が子泣き爺な訳がないの」
「なんじゃと?」
「子泣き爺とは本来、赤子の声で泣き、抱いた人間から重くなって離れぬ妖怪だの。ましてや幼子を泣かし困らせて喜ぶような、性根の腐った妖怪などではない」




