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少女はボトル内へ空気を入れる。空気入れの持ち手をさげるたびに、ペットボトルロケットがごぼっと苦しがる。そいやぁせっせとペットボトルロケットの苦しみなど無視して少女は空気を送り続ける。そしてやがて、ボトル内の空間は飽和する。ぶすぶすとくすぶっている。
空気入れをその場に放り出して、彼女は発射口に手をのばした。
「Are you ready?」と誰に言うでもなく言っては頬笑み、発射台とペットボトルロケットの留め具を、はずす。
目のまえにあったはずのペットボトルロケットが、バッティングマシーンではき出されたボールのように飛び跳ねた。少女がそれを認識するかしないかのうちに、ボトル内につまっていた水が噴射し、発射台はおろか、少女のことも水びたしにする。
少女は顔をあげ、打ち上げが成功したことを確認する。
ペットボトルロケットは、遠くとおく、どこまでも遠くへ飛んで行く。遥か頭上を漂う、銀色の飛行船へむかって。
スコールのように、水が降ってきては屋上と少女を濡らす。
少女は頬笑み、空にむかって吠えた。
少年は見た。ロケットが太陽光を映してきらきらと輝くさまと、そこから蒔かれる水しぶきを。それらの総体が、少年にはあるはずのない空中の川に見えた。だけれど、やがてロケットは勢いを徐々に失い、ついには一瞬止まったかと思うと、せっかちな枯れ葉のように舞い降りてきた。
中学生のある日、彼は「私の将来の夢」を書いた作文を、まるめて校舎の窓から放り投げたことがある。消しゴムを中につめていたため、不細工なクラゲみたいなかたちをしたその作文は、適切な物理的法則に従って落下し、やがて自転車置き場のトタン屋根のうえでバウンドして、地面に落ちた。
自転車置き場のそばに、女子生徒がひとりいた。
「うわ、やべっ」慌てて少年はしゃがんで、少女から顔を目撃されないようにした。しばらくしてしたを覗きこんでみると、少女の姿は見えなかった。作文もなくなっていた。無記名のままでよかったと、少年はほっと息をついた。
そんな記憶を、落ちるロケットを見て思い起こした。
「大丈夫ですか?」と、大絶叫が聞こえてきた。その声は、さきほどの幻聴と似た声をしていた。いや、きっと同じ人物だ。するとどうやら、それは聞き覚えのある声だった。
なにが大丈夫だ。おまえのほうが頭大丈夫か? と少年は常識的に思う。その直後に、少年は自分が中学生のころの、書き間違った作文を思い出した。
「私の将来の夢」というタイトルで書かされた作文は、思いつきで書きはじめた。だがすべてを書き終えたとき、やはり冒頭は「私の将来の夢は」と書き出すのが適切だろうと思いいたり、とりあえず冒頭の余白にそう書いては見たものの、それから消しゴムで文章すべてを消して書きなおすのが億劫になって「先生、もう1枚プリントください」と申請して書きなおそうとしたのだ。だけれど書きなおす段階になって、なんだか違うと思い、内容をかえたのだ。もっと明るくて具体的な内容にかえて、投げ捨てた作文の内容を忘れた。投げ捨てたのは、もちろん「私の将来の夢は」と冒頭の余白に書いたものだった。
3―6組の教室のベランダにたつ少年は、原稿用紙の1枚におおきく名前を書いてはまるめ、青空へむかって放り投げた。