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おちるおもい  作者: 一筆
3/5

 少年は雄叫びを聞いたような気がした。それは気のせいだったのかもしれないし、ほんとうのことだったのかもしれない。ただ頭上を見あげたとき、そこには青空と雲と、それから遥か彼方に銀色の飛行船が共通理念のようにうかんでいるだけだった。だから少年には決断ができない。幻聴を聞いたのかどうかを。

 元気な同級生や下級生たちが、いっていの領域をけん制し合いながらグラウンドで部活動に興じている。少年はそこからはなれた、教室棟3階でゆいいつグラウンドが見渡せる教室、すなわち3-6組の教室のベランダにいた。

 さきほど渡り廊下のあたりでなにかが白く瞬くのが教室内から見えたため、彼はベランダへ出てきていた。だが色素の薄い校舎と、活気に満ちたグラウンドがあるだけだった。

 少年には、雄叫びがグラウンドで躍動する彼、彼女らから発せられたものだとは思えなかった。なぜなら、その声が聞こえたと思われた瞬間、彼、彼女らは一様に空を見あげたからだ。同じグラウンド内で聞こえたような気がしたのならば、前後左右を見渡すはずだ。

 少年は海を思う。きらきらと太陽光を反射して白く輝く青白い海の姿だ。そこに彼は空想上の舟をうかべてみる。カヌーがいい。きっと、ゆったりと波にうかぶはずだ。だけれど、その舟と水平線を見比べたとき、どうしようもない不安感に襲われる。そこで彼は海の想像からはなれた。なんでそんなことを考えたのかを考えはじめる。結論は出ず、ため息をついた。

 彼は自分の夢について考えた。

 I have a dream.

 荘厳な枕詞とともに、夢を脳内で反響させる。

 ――俺は……。

 手がくしゃりとなにかを潰した。おっ、と現実に少年は引き戻される。彼が握りしめていたのは、原稿用紙だった。彼は今、ひとりで教室に残って今日が提出期限の作文を書いていたところだった。お題は「10年後の私へ」。なぜこんなものを書かなければならないのかわからないが、書けと言われたのだからしかたがない。そして授業内では書けず、こうしてずるずると居残りさせられてしまっているのも、またしかたのないことだった。瞬きが見えたのをいい頃合いとして、気分転換にベランダへ出てきたのだ。だけれど5時までに書き終えて提出しなければならない。待ち合わせがある。だが、原稿用紙2枚に、いったいなにをこめればいいというのか? 一言じゃダメなのか? まあ、10年後の自分に一言だけというのもわびしいものがあるけれど、元来こういった作文は、歳を経て読みかえしたとき、勘違いを指摘されたように恥ずかしくなるものなのだ。中学生のころに書いた夢物語の作文も、今や一字一句思い出せなくとも、良い感じに羞恥が醸成されているはずだ。

 そういえばと、少年は自分の夢が中学生のころから様変わりしていることに気がついた。するととたんに、当時の作文が読みたくなってきた。だが、彼は卒業文集を古くなった少年コミック誌とともに燃えるゴミの日に出してしまっていた。連想で思い出した事実にがっくり頭をさげて、そうだ、10年後の自分に、物は大切にしようとメッセージを送ろうと決め、教室へ戻ろうとした。

 ばしゅっと、奇妙な風音が聞こえた。教室へむけた顔を再度空へむけると、半透明でロケットの形をしたなにかが、ビー玉のような水を蒔きながら、青い空にとけこむように昇って行くのが見えた。


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