青色のバラ
この作品は企画小説『色』の参加作品です。
他の先生方のすばらしい作品は「色小説」と検索すれば読むことができます。
草の絨毯が果てしなくどこまでも広がっていた。空ははっきりと青く、太陽がやさしく照らしている。あたりには木が一本も見当たらず、背丈もあるような草や、膝丈くらいの草などが密集し緑の海を創造していた。少し先には青々しい小川が流れ、そのさらに先には色とりどりの花が咲き乱れている。
そしてその平原にはぽつんと一軒の家が立っていた。お世辞にもきれいといえないその家には1人の女性と、1人の男の子が幸せに暮らしていた。女性は36,7といったところであろうか? 端麗な顔立ちをし、肩まで伸びた、鮮やかな黒髪がいっそう彼女の美しさを引き立てている。一方女性の息子であろう少年は見た目は5,6歳。ひょっとするともう少し上かもしれない。ふくよかな頬をし、実にかわいらしい。黄色のまだら模様のシャツがとてもよく似合っていた。
「ねぇねぇ、お母さん。笹舟ってどうやって作るの?」
その少年は先ほどの小川から取ってきた笹を手にぶんぶんと手を振り回した。
「笹舟? この前教えたばっかりじゃない」
「む〜。だって忘れちゃったんだもん」
「はいはい。じゃあこの洗い物だけやっちゃうからちょっと待っててね」
「うん!」
少年は満面の笑みを浮かべて、またもや笹の葉をごにょごにょといじりだした。
母親は再び洗い物に戻る。
トントン
しばらくすると少年の耳にそんなドアをたたくような音が聞こえてきた。
「ねぇねぇお母さん、誰かお客さんみたいだよ」
「え? ただの風でしょう?」
ドンドン。
先ほどよりも少し大きな音が響く。
「ほら、誰か来たんだよ」
「あらほんとうね」
そういって母親は手を拭ってからドアに向かって歩み、そして慎重にドアを開けた。
眩しいオレンジ色の光が部屋の中に差し込み、そしてその光を遮るように1人の男が立っていた。20ちょっとくらいの好青年ですらりとした体つきをしている。黒のシャツにジャケットをはおっていて、頭には鍔つきの帽子をかぶっていた。鋭い目をしているが、その奥にはやさしそうな雰囲気を漂わせている。
「すみません。私はパースというものです。すこし休ませていただけないでしょうか?」
「あら、全然かまいませんよ。こんなところでよければ好きなだけ休んでいってください」
そういって母親はパースと名乗るその旅人を笑顔で招き入れた。
「どうぞ、そこの椅子にでも座ってください」
家に入ると母親が首をやや上に向けて旅人に勧めた。旅人は遠慮なく腰を下ろす。
すると先ほどまでは気づかなかったが腰のところで銃を吊っているのが見えた。おもわず目を向けてしまう。
その視線に気づいたのか旅人は、
「あ、すみません。お嫌いならはずしますが」
彼女はあわてて首を振る。
「いえいえ結構です。旅は危険ですものね。ちょっと珍しかったものですから。それよりすこし早いですけどお茶にでもしましょうか。ジョン、お茶とカップ持ってきて」
「うん!」
少年は久々のお客さんに興奮したのか元気に駆け出していく。
「かわいいお子さんですね。おいくつですか?」
「今年で7歳になるんです。少し甘えん坊で困っていますわ」
「そうですか」
旅人は昔を思い出したのか少し苦笑気味にうなずいた。
「ところでここまでくるのは大変だったでしょう? このあたりには国がなくてほとんど訪れる人がいないんですよ。この辺は穏やかですけど、少し離れたところには深い森や恐ろしい魚などがいる湖があって「禁断の森」だとか「人食い沼」と呼ばれているそうです」
「そうですね。確かに大変でした。途中で熊に襲われるわ、雷雨に遭遇するわ、ガス欠になって数百キロも歩かされるわと散々でしたよ。」
そう言ってから旅人は誰にも聞こえたいような小さな声で、「ま、いつものことだけど」とつぶやいた。
「まあまあ、それは大変でしたね。ぜひゆっくり休んでいってください」
二人がそんなことを話している間に先ほどの少年が小さな手でお茶とコップを落とさないようにゆっくりと戻ってきた。
「はい、お母さん」
「ごくろうさま。それじゃあ早速淹れましょうか」
その女性はすくっと立ち上がり、お湯をいれ、それから3つのコップに真っ青な液体を流し込んだ。そのとたん部屋にやさしい香りが満たされてゆく。確かに色はすさまじいが香りだけをかぐと実においしそうだ。彼女はその一つを旅人の前に置いた。
「どうぞ。飲んでみてください」
しかし旅人はすぐには手を付けようとせず、じっと中身を見ている。
「これは珍しいですね。なんというお茶ですか?」
母親は少し困った顔で、
「特に名前はありません。私が周りに生えている植物で作ったものなので。でも味は保障しますよ」
そういってもなぜか旅人は手を付けようとはしない。最初はその色にためらっているのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。なぜか真剣にカップの中を覗き込んでいる。
すると突然隣にいたジョンが旅人のカップをさっと取って、ごくんと一口飲んだ。そしてにやっと笑った。
「ほら大丈夫。毒なんか入ってないよ」
ああ、なるほど、毒が入っていないか確かめていたのか。
旅人は少し驚いた顔をした後、ばつが悪そうな顔をして謝った。
「どうもすみません。むかし眠り薬を入れられてひどい目にあったことがあるもので……」
「い〜え、用心にこしたことはありませんわ」
それから少しいたずらっぽい目をして
「さあ、毒が入っていないことがわかったところで一口飲んでみてください」
「ええ」
そう言って旅人は二人に見つめられながらそっとカップを持ち上げ口に近づけた。そして大きく目を見開いた。
「とてもおいしいですね、これ。今までこんなの飲んだことありませんよ」
それを聞いた彼女はにっこりと笑った。
「気に入ってもらえて何よりです。あ、もう一杯入れますね」
彼女はあっという間に飲んでしまった旅人のカップを再び手に取り、とぽとぽとお茶を注ぐ。そしてそれを旅人の前に静かにおいた。
旅人は今度はなんのためらいもなくカップを取り、「ふ〜」っとため息をつく。そしてしみじみとした口調で言った。
「なんだか不思議な気分になりますね。これを飲むために旅をしてきた、そんな気にさえなります」
「そうですか? そこまで言っていただけると作った甲斐があります」
「ねぇ、旅人さんはなんで旅を始めたの?」
先ほどの旅人の発言が気になったのか少年が尋ねた。
「こら、しつれいですよ」
思わず母親が注意をする。しかし旅人は気を悪くした様子もなく微笑んで言った。
「いえいえ、結構ですよ。ぜひ聞いてください」
そうして旅人は少年に向かって静かに話し出した。
「僕はね、数年前まではるか西のある国に住んでいたんだ。そこはとても豊かな国だった。大きな建物が立ち並び、道路にはたくさんの車が走り、みんなは幸せに暮らしていた。
まあ、珍しくもない。どこにでもある風景さ。ただ一つ違うとすれば、バラの研究に熱心で、とくに青色のバラの開発が盛んだったことかな」
「バラって?」
「ああ、バラっていうのはね、その国の国花で花の一種なんだ。夏にとてもきれいな赤い花をつけるんだ。茎をさわるとチクリとして痛いけどね」
一瞬母親の顔に驚きの顔が浮かんだが、2人は話に夢中になっていて気がつかない。
「ただ残念なことにバラというのは自然界には赤一色しかなかったんだ。だから昔から国ではさまざまな研究が行われた。もっと美しいバラを作るために日夜励んでいたんだ。その結果あってか、今までにいろんな種類のバラが開発された。黄色いバラを始め、一年中花が咲くようにしたり、香りを良くしたり、より大きな花をつけるバラを作ったり。それに観賞だけに限らず、油を取り出してオイルを作ったり、香水の原料にしたりと他にもたくさんの研究がされていったんだ。そんな中、どうしても作ることができないバラがあった。それが『青いバラ』さ。研究者達は躍起になったけどそれだけはどうしてもできなかった。それゆえいつの間にか青いバラは不可能の代名詞として使われていくようになったんだ。だけど私達国民にとってそんなのはどうでもよかった。確かに見てみたい気持ちもあったけど、今までの研究の成果で緑やオレンジや金や銀の色とりどりのバラが、あろうことか黒や茶色でさえもすでに作られるようになっていたから青いバラがなくても私達は十分それらを楽しむことができたんだ。だから国民はそれに関してはほとんど関心がなかった。研究者同士で勝手にやってくれと思っていたし、青いバラがないことを知らない人さえいたんだよ」
それから旅人は少し悲しそうな表情を浮かべ、一呼吸おいてからまた話し始めた。
「ところが当時の王がある発表をしてから状況が一変した。その発表はね、『青いバラを開発した人には賞金1億エーカーを与える』というものだったんだ。一億エーカーといわれても良くわからないかもしれないけど、これは一生遊んでも十分に余る金額なんだよ。お金の力というものは恐ろしいものでね、その発表があってから研究者だけでなく国中の人がその研究に打ち込んだ」
「旅人さんは?」
「ああ、もちろん僕もだ。僕には愛し合っている女性がいてね、結婚する約束もしていた。僕はその彼女と一緒に研究を始めたんだ。そのころは毎日がとっても楽しかった。ふたりで賞金を取ったらどうするかとよく話していたものだ。賞金をもらっても無駄遣いしないで子供達に残してあげようと、でも少しくらいは贅沢しようと、飽きずに話していたよ……。しかしその幸せは長くは続かなかった。考えてもごらん。国中の人が研究ばっかりしていたらどうなるか。食料は誰が作る? 誰が機械を動かす? 病気になったら? 機械の整備は? 教育は? 政治は?
こうして国の流通は止まり、社会制度が崩れ、町では暴動や放火、強姦が絶えなくなった。そしてそれをとめるはずの警察が有名無実のものになってしまっているんだからね。全くひどいもんさ。地獄のようだった」
さらに旅人は自嘲気味に話した。
「そこで僕達は間違いに気づくべきだったんだ。そこからならまだやり直せたかもしれない。少なくとも最悪の状況は免れたはずさ。しかし国民は研究をやめようとはしなかった。もちろんもうやめようと言い出した奴もいたさ。しかし彼らはすべて暴動によって殺された。国に反逆する行為だとしてね」
「……」
「ここまでくると生き残るには青いバラを開発して賞金をもらうしか方法はなかった。それから僕と彼女は研究に打ち込んだ。それはもうつらいってものじゃなかった。食べるものもほとんどない中で、わけのわからない実験を繰り返す。自分がなんのために生きているのか分からなかった。何度も死のうと思ったよ。でもここまで僕を支えて励ましてくれた彼女をおいて死ぬことはできない。そう思って僕はさらにがんばった。それでも何年もその生活は続いた。けれどあるとき僕は一つの仮説を思いついたんだ。遺伝子をいじくってみたらどうかってね」
「遺伝子ってなんなの?」
その少年の質問に旅人はちょっと難しいかもしれないけどと前置きして、
「遺伝子っていうのはね、その生物の色だとか、形だとか、性質を決定するものなんだよ。だから僕はこう考えた。青い花の遺伝子をバラに組み込んでしまえば良いってね。それから僕達はすぐにその考えを実行に移した。実際に使ったのは青のパンジーという花だ。青色のパンジーから青の色素を取り出してバラの遺伝子に導入する。言葉で言うのは簡単だけどものすごく難しくて大変な作業だ。それにもさらに数年も費やした。けれど僕達はもう絶望の淵にはいなかった。これが成功すればこの生活から抜け出せる。そんな希望から僕達は一生懸命に研究をかさねた。そしてその努力が実ったのか、やっとのことで僕達は青色のバラを作ることに成功したんだ。もうはじめてみたときの感動とはなかったね。僕達は思わず涙を流して、そして抱き合った。彼女の体は信じられないくらい痩せこけていたけど、それでもこの生活から抜け出せると思うととてもうれしかった。未来を信じて疑わなかったんだ」
そこでその旅人はさらに声を落として話を続けた。聞いている二人はとても真剣な表情をしている。
「……、けれど結局そうはならなった。あろうことか僕はあまりの嬉しさに青いバラの制作に成功したことを周りの人に言いふらしてしまったんだ。全く馬鹿なもんさ。そんなことを言ったらどうなるかなんてよく考えれば分かったはずなのに。我を忘れてしまったんだろうね……。そしてその夜に、僕たちの家は襲われた。何人の人がいたのかは分からない。とにかくたくさんだ。みんながみんな武器を持って、血相を変えて襲ってきた。もう人間には見えなかったよ。それでも不幸中の幸いか、人が多かったために僕たちは騒ぎに紛れて何とか逃げることができた。バラを持っていく暇はなかったけどね。それから僕たちはすぐに国を出た。追いかけられないように遠くの遠くまで逃げた。そしてここまで来れば大丈夫と思ったとき、今までの悲惨な生活と、この騒ぎのせいでついに彼女は病気になってしまった。必死に看病したけど彼女はどんどん衰弱していった。僕があんなことを言わなければ彼女はこんな風にはならずにすんだっていつも自分を責めていたよ。しかし彼女はそんな僕を見て『あなたのせいじゃないわ。それに、私はあなたに出会えただけでも本当に幸せだったもの』って言ってくれた。それを聞いて僕は救われる思いだった。しかしそれから数日後、彼女は息を引き取った。最後のほうはもう意識がなくてね、苦しみながら『バラはどこ? 青いバラは?』ってずっとうなされながら死んでいった……。本当につらくて、申し訳なかった。だから僕は彼女の墓の前で誓ったんだ。こんなひどい僕だけど、せめてもの償いに本当の青いバラを探し出して彼女に見せてあげようとね。だから僕は存在するかどうかも分からない青いバラを見つけるために旅を続けているんだ」
話が終わると旅人はすっかり冷めてしまったお茶を手に取りゆっくりとすすった。しばらくの間部屋にはその音だけが響いていたが、旅人が飲み終わるのを見計らって母親が口を開いた。
「ひどい話ですね……。でも、すばらしい目的だと思いますよ」
旅人は弱々しく首を振る。
「いえ、ただの自己満足ですよ。分かってはいるんです。別に彼女がそんなことを望んでなんかいないことくらい。でも私は彼女を死に追いやった罪悪感と、彼女を失った絶望感から追い詰められていました。私が生きていくためには人生の目的を見つけなければならなかったのです。だから私はここでも彼女を利用して、無理やりそれを引っ張り出してきたのです。本当にひどい男ですよ僕は」
旅人はそれだけを話すと再び悲しそうな表情を浮かべてカップに目をやった。それを見た母親は力強く励ますように声をかけた。
「いえ、彼女は幸せですよ。同じ女としてよく分かります。そこまで想ってくれる人がいるなんて彼女は世界一の幸せ者です。たとえあなたのせいで死ぬことになったとしても、絶対にあなたを恨んではいませんよ。だって死んでからもあなたは彼女のことを忘れずにずっと想っていらっしゃるのですから。きっと天国から暖かく見守っていると思いますよ」
すると今まで俯きがちだった旅人は少し驚いた表情を浮かべ顔をあげた。
「そうですね。それを信じてまたがんばっていこうと思います」
それを聞いて母親も微笑みジョンも笑った。今まで張り詰めていた空気が一転して、部屋は暖かい空気に包まれた。
「そうと決まればそろそろ出発したいと思います」
それに最初に不平を言ったのはジョンだった。
「え〜。もう行っちゃうの?」
「そうですよ。今日は泊まっていかれてはどうですか? 手料理も振舞いますから」
「そこまで迷惑はかけられませんよ。それに……話をしたらやらなきゃいけないことがはっきりと分かりましたから。早くバラを見つけ出して彼女のところに持っていってやりたいと思います」
「そうですか」
そして旅人はいすから立ち上がり、それと合わせるように少年が口を開いた。
「ねえ、また来てくれる?」
「そうだな、またこの近くに来ることがあったら寄ってあげるよ。それでいいかい?」
「うん!」
ジョンは笑顔でうなずき、旅人は少年の頭をクシャクシャと撫でてからドアに向かって歩き出した。母親とジョンもその後に続く。
外に出ると眩しさのあまり目がくらんだ。思わず手を前にかざす。すると家の前に旅人のものと思われるスクーターが置いてあるのが見えた。旅人は迷わずそれにまたがる。
「これからどうなさるんですか?」
「とりあえず山の向こうの国を目指そうと思います。燃料も少なくなってきましたし、それにも しかしたら青色のバラがあるかもしれません」
旅人はその山を遠目で見ながら答えた。
そして悲しそうに笑いながらつぶやく。
「まったく、こんなにも美しい自然を人間が勝手に変えるなんてひどいことですね。何千年、いや、何億年もかかって確立していった生物たちを人間が自分たちの都合のいいように変えていくなんて間違ったことですよね」
「……そうですね」
「植物にしても動物にしても、その形や色になったのはなにかしらの理由があるはずなんです。 人間が手を加えることはけっして許されない。この旅を通してそのことを本当に実感しました。私達は当然の報いを受けたのかもしれません……」
それから少しの間感慨に耽っているようだったが、しばらくすると「ふぅ〜」と空に向かってため息をつき気持ちを切り替えた。
「さて、それではもういきますね。さようならだジョン君」
「さようならじゃないよ! 『またね』だよ」
旅人は笑みを浮かべた。
「そうだったな。それじゃあまたねジョン君」
「うん、またね旅人さん」
それから旅人は母親にも軽い挨拶をしてからエンジンをかけた。あたりにはけたたましい音が響き渡る。
「それではお元気で!」
最後の挨拶をして旅人はアクセルを踏み込みこもうと足を上げた。しかしそれは母親の「あの、」という声によって止められた。アクセルを踏む直前だった旅人は思わず前傾姿勢になりなんとか踏みとどまる。
「なんですか?」
「すみません。あの、最後にひとつ聞いても良いですか?」
「なんでしょう?」
「あなたはもし青いバラを見つけ出すことができたら、そのあとどうするつもりですか?」
旅人は少年の方をチラッとみてから、母親だけに聞こえる小さな声で答えた。
「そうですね……。彼女のお墓に添えてやってから私も彼女の後を追うつもりです。本当はあの時彼女と共にしなけばいけなかったのですから」
「そうですか……。分かりました。旅の安全を祈っています」
「ありがとうございます。お茶、おいしかったですよ」
そして旅人は2人に「それでは」と軽い挨拶をして、今度こそアクセルを踏み込んだ。先ほどのけたたましい音がだんだんと小さくなっていき、やがて静寂が戻ってきた。それでも2人はしばらくの間旅人の去った方向を見つめている。そして母親はそこにはいない旅人に向かって、独り言のように小さな声でつぶやく。
『もしあなたが死ぬなどと言わなければ、青色のバラを差し上げましたのに……』
しかしそれを聞く者は誰もいない。
「ねぇねぇ、さっき旅人さんなんていってたの?」
息子の声で我にかえった母親は、静かに答える。
「ううん、なんでもないのよ。それより小川に行きましょうか? 洗濯もしなくちゃいけないし、それに笹舟の作り方も教えてあげられるわよ」
「ほんと? やった〜。じゃあ早く行こう。早く早く!」
「ちょっと、そんなに引っ張らないでよ。すぐ行くから」
そうして少年は小川に向かって走り、母親は洗濯物をもって歩いていった。にぎやかだった家に静寂が戻る。
あいかわらず空は澄んだように蒼く、太陽がぽかぽかと照らしている。小川が流れ、その横には色とりどりの花が咲き乱れていた。
そして…………
家の裏には、あのお茶の原料である棘のついた青い花がたくさん咲いている。
今回短編1本しか書いたことのないほどのど素人ながら、初めて企画小説に参加させていただきました。有名な先生も多く、かなり場違いな気もしていますが楽しんで創作することが出来ました。ご感想などいただけたらうれしいです。