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第1話 カスタードプリン


 妹の恵美は小さいころから愛らしかった。当然、親を始めとする周囲の大人たちから「妹から目を離さないように」と言いつかった。一つしか違わなくとも姉は姉、それが私のつとめである。周囲に危険はないか、不審な人物はいないか、妹は安全か。そうやってまじめに二人分(自分を含めて、だ。)の注意を払い続けた結果、かわいげがない、愛想がないと言われるのはなんとも腑に落ちない。

 だがそれも小学校に上がることには慣れて、すっかり私の仏頂面は板に付いた。

 私はこれからもずっとこうして、妹を守り続けていく。

 そう思っていたのに。



「え、今なんて言った」

 味噌汁の具が口から飛び出るほどに、恵美の発言は唐突で衝撃的だった。

「だからー、好きな人ができたんだってば!」

 恵美は幸せそうに頬を染め、マスカラを塗る手を休めた。朝食をとるよりも化粧を優先させる妹にしては、驚きの行動だ。

 彼氏はいい。現在は高校1年生、恵美はかわいいから、中学1年の夏を皮切りに彼氏を途切れさせたことはなかった。最近は妙に落ち着いていたので安心していたのだが、そこに来ての驚き発言ではあった。だがしかし、問題はほかにある。

「あ、あ、あ、相手は誰だって?」

「岡島さん! あの、岡島さん!!」

 和美は目の前が暗くなった。左手に持っていた汁椀が傾いて親指が濡れるのを感じたが、そんなことはどうでもいい。

 なんだって。あの岡島。

 いや待て、姉妹間で話が食い違っているに違いない。世間には岡島なんてたくさんいるじゃないか。

 悪あがきともいえる最後の望みを託し、和美は問いかけた。

「恵美。岡島って、まさか私のクラスにいる極悪非道で女ったらしでどうしようもない……」

「和美のクラスにいるかっこよくて背高くって足長いちょっと垂れ目がかわいい岡島さんだけど?」

 じろっと和美を睨んでからかぶせるように訂正する恵美。和美は苦々しげに口元をゆがめた。



 岡島千秋。近隣校の間で彼の名は必要以上に有名だった。すらりとした体型に、少しゆるく結ばれた唇から流れる、さらにゆるい言葉。垂れ目と茶髪が印象的な優男だ。街で見かける彼は必ず両側に女の子を侍らせている。いわく、校内一の美女を一日でおとした、美人OLを一時間で攻略した、妖艶な人妻を一瞬でトリコにした、などなどうさんくさい伝説があるほどのモテっぷり。しかも落としたら落としたであっという間にポイッと捨てて、新しい女の子に手を出すのだという。

 つまり、典型的な女ったらしのダメ男じゃないか!!

 私の妹がそんな男の毒牙にかかってしまうなんて、許せるわけがない!



 和美は当然朝イチで登校し、諸悪の権化を探した。が、ヤツの姿は見当たらない。

 おのれ、臆したか!

 普段よりも3割増しの厳しい視線をめぐらすせいで、和美の周囲には誰も近寄れない。

 まるで砲撃準備を整えた鉄の砦だ。だがその砦をいとも簡単に打ち崩したのは、皮肉にも和美が迎え撃とうとしていた男だった。

「おはよぉーさーん」

 岡島千秋。彼は昼休みを告げるチャイムと同時に登校した。

 和美はあきれたが、こんなことは彼にとっては日常茶飯事、きっと起きたのはついさっきなのだろう。

 やはりこんなダメ男に妹を任せるわけにはいかない。普段からきついのに、ありったけの敵意をこめた和美の目だ。低温火傷もまぬがれないかと思われたが、千秋にはまったく通用しない。それどころか、目が合ったとたん垂れ目をさらに垂らして不抜けた笑顔を向けてきた。

「あ、木内和美さん! ちょうどいいところに」

 うすっぺらい鞄を自分の机に置くと、千秋はまっすぐに和美の所へ来た。

「和美さんだからかずちゃんだね。オレは千秋って呼んでね。かずちゃん、一緒にご飯たべよ」

 がさり、と和美の机にコンビニ袋を置いた。中にはハンバーグ弁当とプリンが二つ。

「……私、岡島くんと一緒に食べる理由ないけど」

「うん、俺にはあるから、今から知っててね。俺は千秋って呼んでよー」

 嫌味も通じないのか、この頭はっ!! 

 千秋ののんびりした口調にカッとなるも、和美はなんとか抑えた。

「そうじゃなくて! なんでそんなにいきなり馴れ馴れしいのかって聞いてるんだけど」

 典型的な優等生タイプだと自負している和美は、今まで千秋と親しくしたことは一度もなかった。今日が初接触にして激突する気満々だったのである。それが、こちらの勢いを削ぐかのように自分からフラフラ近づいてくるとは思わなかった。

「だって、かずちゃんはあの子のお姉ちゃんなんでしょ? だから仲良くするの」

 軽く宣言した千秋はプリンを一つ手渡した。

「あ、あの子? まさか恵美のこと言ってる!?」

「恵美……ちゃん。ああ、そう。かずちゃんの妹ちゃん。昨日仲良くなったんだ」

 恵美ィいいいいい!! 行動早すぎるのよ、昨日の今日でしょうが!! 仲良くなったって、まだ清い関係なんだろうなァ、岡島ァ!!

 一気に沸騰した頭がクラクラする。和美は今度は焼け切るような熱を込め千秋を睨みつけた。

 だが千秋は満足そうに笑うだけだ。

「お近づきの印にデザート貢いじゃう。ハイ、どぉぞ」

「いらない」

 和美がバッサリと切り捨てて突っ返すと、千秋はきょとんとした後もう一度和美にプリンを押し付けた。

「えー、そんなこと言わないで。もったいないから。かずちゃんが食べなきゃ捨てられちゃうんだよ?」

 和美の厳しい態度にも千秋はものともしない。

「ね、食べて」

 プリン以上に甘そうな笑みを向けられ、和美はひるむ。ビビられることはあってもこういう反応が返ってきたことはないからだ。

「岡島君なら他にあげる人がいるでしょ」

「千秋だってば。っていうか、それはかずちゃん用に買ったんだから他にあげる人はいません! 食べてくんないとマジでポイするから」

 食べなきゃダメ!と子どもに言い聞かせるような口調でスプーンを突き出す千秋。和美は露骨に迷惑そうな顔をむけたが、それもプリンの銘柄を見るまでだった。

 それはコンビニの大量生産品ではなかった。学校すぐそばの知る人ぞ知る名店、園田洋菓子店。店舗は小さいながら、品質にこだわる商品の数々は絶品で、特にこのカスタードプリンは開店2時間で売り切れ御免の大人気商品だった。和美はたった1度しか食べたことがないが、今でもその味は覚えている。

 滑らかな食感、濃厚なカスタード、鼻に抜けるバニラの香り。苦みの強いカラメルと溶け合ったときのあの感動。

「……イヤイヤイヤ、だめ! っていうか、私は妹とも仲良くしてほしくないの。あの子には関わらないでほしい」

「えー? なんでぇ」

「岡島君、君の悪評ちゃんと自覚してる? 女ったらしですぐ捨てるっていう」

 日本語が通じない相手と判断した和美は、正面きっての真っ向勝負にでることにした。すると千秋はばつの悪そうな顔をする。一応自覚はあったらしい。

「でも、それは噂っていうかー」

「火のないところになんとやら。妹はそういう目にあわせたくないの。だから近づかないで」

「そんなァ。かずちゃん、俺の友達減らす気?」

 千秋は眉を八の字にした。こういう顔をすると、図体の割に情けない、愛きょうのある大型犬に見える。これが魅力なのだろうか。和美は余計な考えを消すように頭を振った。

「別に減らす気はない。でも妹はやめてって言っている」

「妹ちゃんから言い出したのに」

「それでもやめて! 姉の私からよく言っとくから」

「えー……」

 千秋はプリンのスプーンをくわえながら考え込む。しかし、いくらもたたないうちにパッと目を輝かせた。

「いーよ」

「ほんと!? ありがとう、じゃあこれからそういうことで恵美には一切……」

「近寄らないけど、条件がある」

「は?」

「妹ちゃんのかわりに、かずちゃんが俺と遊んで」

「……なに?」

「だってー、せっかくできたお友達減るワケじゃん? でもかずちゃんが俺と友達になってくれるなら、プラスマイナス0じゃん! ね、俺あったまイー」

「ちょっと、人の話聞いてた? 妹もだけど、私も君とは……!」

「そりゃちょっとかずちゃんに都合よすぎでしょ。なんだってそんな全面的に嫌うかなぁ」

 千秋は和美をさえぎり、ぷいっと子供じみた仕草で顔をそむけた。

「かずちゃんが遊んでくんないんだったら、妹ちゃんとあーそぼっと」

「何ィ!?」

「だってそういうコトでしょ。どうする、おねーちゃん?」

 大型犬は間違っていたようだ、かわいくもなんともない、ただの憎たらしい男だ。和美は頬がひきつるのを感じた。

 かわいい妹か。自分の保身か。

 黙った和美を見て千秋は嬉しそうに笑い、長い腕を突き出して和美の手をつかんだ。

「これからよろしくね! かずちゃん!」

 はいどうぞー、とついでにスプーンを握らされる。

 和美の目には、プリンが悪魔の契約書のように見えた。そしてそれは、間違っていなかったのかもしれない。



全3話を予定しています。

ぜひお付き合いください!


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