表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

記者の仕事

作者: KAITO Y

なんたって業者はこんな馬鹿みたいな事をするんだろうか。心の中でブツブツと呟きながら俺は店のシャッターが開くのを待っていた。もう半日は並んだんじゃないかと思い携帯の隅に映る時計を見ると既に時刻は既に5時を過ぎている。あと一時間だ。あと一時間で買える。真冬の秋葉原は恐ろしく寒い。だがそんな時期の早朝にゲームを先行発売するメーカーの奴らの心は何倍も凍てついているのだろう。周りで並んでいる男たちもどこか物言いたげな顔で携帯ゲーム機や携帯電話を見詰めている。辺りを見回すとまだ日の昇っていない秋葉原の町に何本もの旗が立っていた。見慣れたキャラクター、見慣れたタイトル。俺がまだ小学生だった頃から続く人気ゲームのシリーズ。その最新作だ。

昔は楽しかった。裕福な人間しかテレビゲームが買えなかった頃、初めて手に入れたゲームは俺にとって宝物だった。毎日のように小学校から帰ってきてはテレビをつけ、画面の中の小さな勇者といっしょに冒険をする。友達に自慢して、自慢されて、ステージをクリアするごとに凄く嬉しくて、同じゲームを何度も何度も繰り返しやっていた。

だが時代は変わった。店の前のスクリーンには新しいゲームのプロモーション映像が繰り返し流れている。壮大な音楽、現実と見間違えるほどのグラフィック、流血、悲鳴、爆音。かつて少年たちが夢を馳せた冒険のゲームは現実を凌駕する迫力を持ったCG作品になってしまった。俺から見れば恐るべき技術発展の賜物だが、今の子供たちにとってはこれがゲームという遊びのデフォルトなのだ。かつて銀弾鉄砲を撃ち合い、綾取りを楽しんでいた世代がファミコンで遊ぶ子供たちに驚いたように、今の大人たちはこんな仮装現実の世界を当たり前のように操る子供たちに驚く。それだけの事なのかもしれない。俺もそんな昔の大人のように急速に発展する時代についていけず、新しく出るものにただただ翻弄され、驚かされながら生きるようになった。けれど、だからこそ新しいものを客観的に見詰められるようになり、今の仕事につく事ができたのかもしれない。首にかかったトレンド雑誌関係者のタグが少し重く感じる。

だが同じ境遇の人間は俺だけじゃなかった。他にもゲーム情報誌やニュースサイトの関係者が誰よりも早く新製品のインプレッションを掲載するために会社から支給されたゲーム代とハードウェアを持って並んでいる。普通ならメディア限定の先行発表会なんかがあってもいいのだが、今回のゲームは秘密指向が強く、今日が初のお披露目となる。俺も会社の発行している雑誌に最新のゲーム情報を載せるために並んでいる一人だ。もちろん特別手当が出たが残業代に毛が生えた程度でしかない。

だがこの待機列で一番数が多いのは一般のファンだ。情報系企業の関係者は仕事と割り切れるが、こんな平日の早朝に子供向けゲームを買いに並んでいるオタクにはまったく恐れ入る。それも数は企業関係者なんかよりも遥かに多いぐらいなのだから日本は相当平和なのだろう。

溜息は冬の冷たい空気の中で湯気のように広がり、たちまち消えていった。時刻は少しづつ6時に近づく。そして正確な電波時計の針が12の文字を打った瞬間、列の先頭からガラガラとシャッターの開く音が響き、まだ暗い中で数百人という人々が動き始めた。

「押さないでください」

「二列で進んでください」

従業員がメガホンを持って皆に叫んでいたが、じきに静かになった。言われなくとも列はゆっくりと動いていくからだ。騒ぐ奴も見当たらない。予約しているという安心感もあるのだろうが、そこはやはり日本人だからだろう。そしてオタクとサラリーマンというユニークな組み合わせの行列の先に積み上げられたゲームが見え始めた時、ゆっくりと進んでいく列の横でそれを傍観している親子が何組もいる事に気付いた。

泣く子供をあやす親を見てすぐに分かった。彼らもゲームを買いに来たのだろう。だがこの行列を見ればそれが不可能だと分かる。だがそれで納得しないのが子供というもので、ゲームが欲しいと泣き叫んでいた。親子揃って肩を落として帰っていく人もいれば、並んでみようとする人もいる。だが大量に買う転売屋なんかもいて予約無しに買えるものじゃない。そう思った時に俺は違和感を感じた。

子供の得られる情報なんてものはせいぜいコロコロコミックの特集ページぐらいだ。そこに6時に発売と書いてあったら親を引っ張って6時に買いにくるだろう。だが大人には販売数や行列の長さなどの詳しい情報が流れ、予約券なんてものまでインターネットで販売されている。例え子供の方がその情報を事前に知っていたとしても小学生くらいの子供では真冬の早朝に並ぶわけにもいかないし、さすがに親も来られないだろう。つまり大人が買えて子供が買えない仕組みが出来上がっているのだ。だが実際に販売されているのは子供向けのゲームで、それを子供が最初に手にできないというのは、あまりにもおかしいではないか。確かに昔からのファンが多いのは分かるが、仕事もせずにゲームに明け暮れるオタクどもに売るくらいなら子供たちに渡してやるべきだ。

辺りを見回すと俺と同じ考えに至った人が何人もいるようだった。その証拠にオタクたちはイヤホンで子供の泣き声をシャットアウトし、壁の方を向いている。企業関係者たちは仕事なのでどうしようもないが、それでも申し訳なさそうな顔で予約券に目を落としていた。

平和と言うべきか心が腐っていると言うべきか。俺もメディア関係者として世間に情報を発信する身の上なのだから受けのいい表現を使うべきなのだろうが、これは明らかに狂っている。子供からお子様ランチを奪い取って貪り食う大人を見ているような気分だ。

そして開店から15分が経った頃に俺の順番がやってきた。いつのまにか親子連れは十数組にまで増えている。それを横目に見ながらゲームを買うのはやはり良い気分じゃない。これがアニメやドラマなら買ったゲームを子供に譲っているだろう。だが現実は違う。これを譲ってしまえば自分の首が飛ぶのは確実だ。

俺はスキャンダルなんかで芸能人を苦しめるのも嫌だったし、議員を質問責めにして引きずり落とすのも嫌だったからこのゲーム部門に入った。それなのに現実はどんな職場でも人と付き合っている限り嫌な事は必ずある。きちんと仕事をやり遂げたのに嫌な現実を噛み締めるだけの事も何度もあった。結局人はただ生きているだけで誰かを苦しめるのだ。

紙袋に入ったゲームをバッグにしまった俺は落胆する子供たちの間を抜けてネット喫茶へ向かった。まだインプレッションを本社に送るという仕事が残っている。このゲームを子供に譲れないのなら、せめて最高の情報を人々に送りたい。言い訳のようだが、それでも少しだけ心が軽くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ