三話 ピアノ大会がまさかの5日後にありますのでそこまで好き勝手は禁止です
ここは、ローランド家の庭。周りは草むらがあり、そこにポツンとベンチがある。
「ここにいたのですね。ゲルさん」
ベンチに座っていた赤髪で筋肉質な男、ゲル・レイガー。本を顔に被せるような感じにして、呑気に寝ている。しかし、三神の言葉により、目を覚ました。
「おーミカミ。最近の王子の様子はどうだ」
「えぇ、ちゃんと王女様と仲良くできています」
「ふーん。そう」
ゲルは興味がなさそうな感じで言った。
「一応言っとくが、俺とお前は、ライバル財閥の執事同士。財閥のライバルなら、執事のライバルでもある。それを忘れんなよ」
「えぇ、もちろん承知しています」
三神は、余裕そうな笑顔をゲルに向けて見せた。
「まぁ元気があるなぁ良いけどよ。取り敢えず、最初に戦うのは、五日後のピアノ大会だな。言っとくが、王子は毎日ピアノ練習をしていた。プロも顔負けぐらいのレベルだぜ」
「ピアノ大会…?」
「あ?お前知らねぇのかよ。五日後にピアノ大会があるじゃねぇかよ」
「えっ…?」
「おいおいまさか、ピアノ大会の日程聞いてなかったとか、そういうやつじゃねぇよな?」
ゲルは突然焦りだした。
「…ちょっと、聞いてきます」
三神は、底しれない怒りがあった。ゲルの前では、ゆっくりと、冷静さがあるような感じで歩いって言ったが、一度家の中に入れば、猛ダッシュで、アリファの部屋まで飛び込んできた。
「王女様!!」
「え?」
アリファは何があったのか知らないように呑気に返事をした。
それとは裏腹に、これほどまでにない怒りのオーラをまとった三神が、アリファの前まで近づいていく。
「王女様…確か、ピアノ大会は一ヶ月後、とか言いましたよね…?」
その時、アリファはビクッとした。三神は優しく問いかけたが、中はまるで鬼のようだった。初めて見る三神の剣幕に、アリファは正直に白状することにした。
「えっ、えっーと…実は五日後にあって…」
アリファは指をもじもじさせて言う。
その後も、アリファは淡々と言い訳をし始めた。大会の日程を完全に忘れてしまっていた、など、三神が聞いてこなかったから、など。
「王女様…私は別に五日後にピアノ大会があることに驚いているのではありません。私は、ただ王女様に嘘をつかれたということがとても傷ついているのです」
三神は、まるで尋問をするかのように、アリファを問い詰めた。
「一体、何故私に嘘をついたのですか」
三神の目には、光すらもなかった。完璧な闇。これは確実に怒っている。アリファはそれを何となく察してしまっていた。
アリファは正直に話すことにした。
「三神に怒られるのが怖くて…」
「え?」
三神は落ち着いて、冷静さを取り戻した。
「三神に、私のピアノの演奏を見たら、怒るんじゃないかなって…」
アリファは悲しそうに話を続けた。
「だから、三神にはピアノ大会を教えないようにしてたの…ごめん」
三神は、アリファがちゃんと反省しているようだし、許してあげることにした。アリファの頭をポンと撫でた。
さっきまでアリファに対してとても怒っていたが、アリファの本心を聞くことができたおかげで、すこしの冷静さをとりもどすことができた。
―アリファは、他人のやっていることに影響されやすい。例えば、テレビ番組でやっていた、チワワを飼っている人をテレビで見たときには、チワワが欲しいと何度も何度も好き勝手を言ってきた。
それを今の今まで承諾していたのは紛れのもなく三神自身。
だからここまで好き勝手になったのは三神のせいでもあるため、とある計画を結構した。
「ピアノ大会まで、好き勝手は禁止にしましょう!」
「いいけど…別に私好き勝手なんかしないけど?」
自分が今まで好き勝手してたのに全く気づいてないアリファ。
―そうして始まった好き勝手禁止生活。ピアノ大会までの間、毎日ピアノの講師の先生を呼び、数時間練習している。ピアノの授業が終わっても、必死に、熱心に練習していた。
しかしよく「水族館に行きたい」や「ネコ飼いたい」などの好き勝手も全て断ち切って練習させた。三神は一切の好き勝手はさせなかった。
―そうして行われた、ピアノ大会。今回のアリファが出場するのは課題曲。もちろんベンも出席している。数十人の参加者がおりアリファは緊張感していた。しかし、緊張して、周りの子供達に負けそうになった時に自身を作らせる言葉を三神は考えていた。
―それは…
「金賞とったらどんな凄いことでも一つ叶えてあげます」
「え、ほんとう!?」
「当然です。金賞をとって、講師の先生に嬉しい報告をしましょう」
「うん!」
そう。金賞を取った時、久しぶりに好き勝手が許されることになったのだ。それをアリファは心の中で何回も何回も何回も唱えて心を落ち着かせていた。そのとき、静かにしているアリファの近くにベンがやってきた。
「アリファ、今度こそオレが勝つからな!」
「…何か戦ったことあったっけ」
「違う!こ、これはウェヤード家の王となるために、ライバル財閥であるローランド家のお前に勝つってことだ。だから、アリファに勝つっていうか、ローランド家に勝つって言ったほうが正しいかもな」
ベンは早口で、まるで、照れているように喋っていた。
「まぁとにかく、オレはお前に負けねぇからな!」
ベンは、アリファにそう言い残していった。
ベンの次はアリファの番。ベンの番となると、アリファは途端に緊張し始めていた。もう心臓がバクバクの状態だった。
「大丈夫大丈夫大丈夫!絶対、金賞取れるから、」
そのとき、ベンの演奏している場所から歓声が巻き起こったのが聞こえた。
それを聞いたアリファは、決心した。
「私なら金賞取れるから!」
今にも泣きそうだったが、ベンの演奏が終わると、アリファはすぐに次になるのを待機していた。そして、演奏が終わったベンはアリファに、
「まぁ、頑張れよ。応援してっから。金賞は譲れねぇけどな」
ベンはアリファに照れくさそうにそういって、肩をポンと叩き、待機室へと戻っていった。最初は緊張していたアリファだったが、その言葉によって落ち着きを取り戻した。
―次はアリファ・ローランド様の演奏です。
その声を聞いたのと同時に、アリファは、舞台まで力強く歩いていった。この時アリファがピアノの前に立ち思ったのは、いつもよりピアノが大きく見えることだ。いつも練習しているピアノより大きいのか?
いや、そういう訳ではないのだ。まるで、このピアノが大きく見えるほど緊張していたのだ。どんなに落ち着きを取り戻そうとしても、やはり本番となると怖いのだ。
それでも自分を自分で落ち着かせ、静かにピアノの椅子へと座り、深呼吸をして、ピアノを演奏し始めた。
観客席にいた三神は、そのアリファのピアノさばきをみて、感動していた。
今まで好き勝手していたアリファが頑張っているところを、久々に見たためだ。アリファも成長しているんだなと知り、三神は感動していた。
―そうしてピアノの演奏が終わると、観客席の方へ深々とお辞儀をし、待機室へと行った。お辞儀をし終わると、観客席からベンと同じぐらいの歓声が巻き起こっていた。
(ダメ。泣いちゃ、ダメ)
目から涙が溢れるのを必死に抑えていたアリファ。観客席を見渡していると三神がいた。嬉しそうにニッコリしていた。
それから逃げるように待機室へと戻っていった。
その時、アリファの目からは涙が出ていた。誰の目にもつかぬよう、静かに泣いた。
―その後の結果発表では、
アリファは銀賞だった。そして、ベンが金賞と、最終的にはベンに負けてしまったのだが、自分の本気を出し尽くしたアリファに悔しさは一つもなかった。三神も、
「やりましたね!王女様!」
とアリファに喜んでいた。そうして賞が決まるとすぐにベンはアリファの近くへと行った。
「こ、今回はオレの勝ちだ。でも…言い音色だったぜ!」
ベンはアリファを初めて褒めた。それもアリファの心の中に深く刻まれた。
―帰り道、車を運転する三神。外は夕暮れだった。周りはもうすぐ秋が終わるのを物語るかのように、いつにもまして紅葉している。アリファは、その自然の景色をボーッと眺めながら、三神に聞いた。
「ねぇ、三神」
「なんでしょうか、王女様」
「私、銀賞取っちゃった。ごめんね。金賞取れなくって…」
(ああ、そういえば王女様と金賞を取れれば一回はなんでもしていいって約束をしていたんだっけか。そのために王女様は頑張っていたのかな)
「…全然大丈夫ですよ。むしろ、今まで好き勝手していた王女様が銀賞を取れるなんて、…ほんとに凄いです」
最初は笑いながら言っていた三神だったが、真剣な眼差しで運転していた。
「最初に王女様に会った時、最初という最初は、王女様に気に入られるためにも、と、好き勝手をいっぱい聞いてきました。今になって思ったんです。王女、いや、アリファ様を好き勝手させてしまったのは私のせいなんだって…」
三神は段々と暗い雰囲気になっていった。
「でも、それでも、アリファ様が私との約束のために、頑張って、頑張ってピアノ大会で演奏していた時は、いつも子どもに見えたアリファ様が大人の姿に見えました」
三神は淡々と喋っていた。
「アリファ様、本当に頑張りましたよ」
アリファは、久しぶりに三神に認められて、頬を赤くしていた。
「ということでアリファ様!金賞は取れなかったとしても気にすることはありません!頑張ったで賞で、なんでも一回、好き勝手をして構いませんよ!」
「えっ、ホント!!??」
アリファは、久しぶりに喜んでいた。
「どこ行きたいですか?何がしたいですか!」
「うーん、水族館に行きたい!」
―一方その頃、ベンはというと…
ウェヤード家に一度戻り、ベンの父、"レグ…ウェヤード"に、今回のピアノ大会の結果を報告していた。
「父上、今日、ピアノ大会がありました。頑張って、金賞を取ることができました!」
ベンは誇らしく、胸に手を当てて言った。
しかし、父は…
「そうか。金賞を取ったか。引き続き、その調子で頑張るように」
…まただ。また認められなかった。一体、いつになったら、オレを認めてくれるんだろうか。
「はい、父上…」
力を無くすように、ベンはトボトボと帰って行った。それを見ていたゲルは、ベンが父上に何を求めているのかを知っているため、胸の奥をえぐられるかの様な気持ちになった。
(絶対認めさせてやる!父上に!)
レグの部屋を去る前に、そう決心するベンだった。




