光は本当に明るいのか
仕事帰り、ミナは裏路地を通った。
いつもは使わない道。
でもその日は、なぜか足がそちらへ向いていた。
夜の空気は冷たく、街灯の光が地面を斑に照らしていた。
ふと、物音がした。
誰かが倒れる音。
誰かが、息を詰める音。
ミナは足を止めた。
路地の奥に、二人の人影があった。
一人は、地面に膝をついていた。
もう一人は——
「……ユウ?」
声にはならなかった。
黒い服。無表情。
その手には、ナイフが握られていた。
ユウは、標的の胸元に刃を突き立てていた。
動きは迷いなく、静かで、冷たい。
まるで、それが「日常」であるかのように。
ミナは息を呑んだ。
声を出すこともできなかった。
ただ、足が勝手に動いた。
ユウは、標的が倒れたのを確認すると、すぐにその場を離れた。
振り返ることもなく、音も立てずに、闇に溶けるように。
ミナは、彼の背中が消えるのを見届けてから、標的に駆け寄った。
胸元から血が流れていた。
命が、消えかけていた。
「お願い……生きて」
彼女は、右手をそっと添えた。
その手が触れた瞬間、標的の呼吸が戻った。
微かに、胸が上下する。
ミナは震える手で傷口を押さえながら、救急車を呼んだ。
その間、頭の中ではユウの姿が何度も浮かんだ。
——あれが、彼の「仕事」だったのか。
——あの冷たい目は、誰のためのものだったのか。
彼女は、まだ知らなかった。
自分の右手が、彼の任務を何度も「失敗」に変えていたことを。
そして、彼がその事実に気づき始めていることを。
その夜、ミナは一人で帰った。
ユウには、何も言えなかった。
ただ、心の奥に小さな亀裂が走った。




